本日の京都新聞の夕刊
この「知性と品格」シリーズのエントリーで、トヨタについて折に触れ書いてきたが、さすがだと思う。
もはや、知性と品格=風格だろう。
このような振る舞いをしたいものだ。
ニッポン放送株を売却
トヨタ、TOB期間後
トヨタ自動車が保有していたニッポン放送株約10万株(発行済み株式の約0・3%)を、フジテレビジョンによる同放送株の公開買い付け(TOB)期間の終了後、市場で売却していたことが17日、分かった。
フジとライブドアの買収合戦で、ニッポン放送の大株主が保有する株式比率が上昇し、上場廃止になる懸念があるため売却したとみられる。
トヨタは激化する買収合戦を「しばらく静観する」(首脳)として、7日までのTOB期間中はTOBに応じず、市場への売却もしない方針を示していた。
しかしTOBが終わり、フジにもライブドアにも肩入れせずに、中立の立場で売却できると判断したもようだ。(共同通信)
2005年03月17日
2005年03月13日
知性と品格 #5
今日もプランニングの仕事。
ひと段落したので、休憩がてらBlogを探索。
Blogの世界は、フジテレビ対ライブドアの話題で持ちきりのよう。
いろいろなBlogがありますが、内容の充実したいわゆる「知性と品格」のあるBlogのエントリーとコメントの内容は、
「裁判所の決定は妥当。ライブドアも違法ではないがちょとねー。それよりフジテレビのやり方は反則でしょう。でももうこの泥仕合はやり切れんね。」
というのが平均的なところだと思った。
2チャンネルに近いようなBlogでは、「何が何でもライブドアに勝たせたい。」という意見が結構あり驚いた。
もし自分がニッポン放送の社員だったら?息子がニッポン放送に勤めていたとしたら?
「人の心はお金で買えるのです。」「女はお金についてきます」(京都新聞)こう言い放つ社長の下で働こうと思うのかなあ?
私も地裁の仮処分の決定は妥当だと思う。
まあ心情的には反対の決定を期待していたところもあったのだが、これ以外の決定が出たとしたら日本は法治国家ではなくなる。
昨日の京都新聞の夕刊の『三十六峰』
「ついに白旗?
交渉のドア開く用意もとフジ会長。
逆転狙いの新戦術とみたほうが。」
それならいいのだけれど、堀江社長とは会わないと断言していた日枝さんがコロッと「担当役員が会うかも・・・」などはとてもいただけない。
ニッポン放送の社員ほぼ全員が「堀江社長はイヤだ。」と声明を出したが、あの気持ちを理解しているのだろうか?
ひょっとしたらいつか自分の上司になるかもしれない人に、リスクを犯して「ノー」といったのですがね。
どうなっても「あんな下品な人とは会いません。」と言い切ったら少しは格好もいいが。
そんなことだから、トヨタの奥田さんにバカにされるのだろう。
ニッポン放送のあの社長も頼りないしなあ。
この事態を招いたのは、鹿内家の問題をからめて日枝さんの失態なのは間違いはない。
しかし、失敗は誰にでもある。それにどう対処するかで評価は決まる。
キチンと戦って欲しいものだ。まさかフジテレビに有利な決定が裁判所から出るとは思っていないだろうと思っていたが、ひょっとしたらこれが最後の手だったんだろうか?
そうでなければ「担当役員が・・・」なんていうこと言うわけないしなあ。
あとどんでん返しがあるとすれば、村上ファンドの動きぐらいだと思うが?
ライブドアと一心同体と言われているが、こちらは株屋。
堀江さんの「もう詰んでいる」という言葉が気になるのだが、さて、どう動くか?
フジサンケイグループは日枝さんを支持しているのだから、信念を曲げずに戦い抜いて欲しい。
それが男と言うもの。
あと正々堂々とできるのは、残りの株を買うことだろう。
確かに、TOBに応じた株主はその時点の株価より安く売っている。
その株価より高く買うのは申し訳がない。それはそうだ。
しかし、きちんと株主1人ずつのところへ謝りにいけばよい。
フジテレビの立場を理解して、損をするのを知ってて売ってくれた人たちなのだからきっとわかってくれる。
「感謝しています。この御恩返しは必ずさせていただきます。」
でよいではないか。
そして、トヨタなどまだまとまったニッポン放送株を持っているところへ、頼みに行くべき。
「どうぞお願いします。株を売って下さい。」
頭を下げないと。
「もう市場で株は買わない。」なんて言っている場合だろうか。
もう遅いのかもしれないが、おめおめ生き延びて生き恥をさらすよりも、戦いぬいて負けたらそれだけのこと。
100年前とは違って腹は切らなくていいんだから。
「武士道」を読まれたい。
ひと段落したので、休憩がてらBlogを探索。
Blogの世界は、フジテレビ対ライブドアの話題で持ちきりのよう。
いろいろなBlogがありますが、内容の充実したいわゆる「知性と品格」のあるBlogのエントリーとコメントの内容は、
「裁判所の決定は妥当。ライブドアも違法ではないがちょとねー。それよりフジテレビのやり方は反則でしょう。でももうこの泥仕合はやり切れんね。」
というのが平均的なところだと思った。
2チャンネルに近いようなBlogでは、「何が何でもライブドアに勝たせたい。」という意見が結構あり驚いた。
もし自分がニッポン放送の社員だったら?息子がニッポン放送に勤めていたとしたら?
「人の心はお金で買えるのです。」「女はお金についてきます」(京都新聞)こう言い放つ社長の下で働こうと思うのかなあ?
私も地裁の仮処分の決定は妥当だと思う。
まあ心情的には反対の決定を期待していたところもあったのだが、これ以外の決定が出たとしたら日本は法治国家ではなくなる。
昨日の京都新聞の夕刊の『三十六峰』
「ついに白旗?
交渉のドア開く用意もとフジ会長。
逆転狙いの新戦術とみたほうが。」
それならいいのだけれど、堀江社長とは会わないと断言していた日枝さんがコロッと「担当役員が会うかも・・・」などはとてもいただけない。
ニッポン放送の社員ほぼ全員が「堀江社長はイヤだ。」と声明を出したが、あの気持ちを理解しているのだろうか?
ひょっとしたらいつか自分の上司になるかもしれない人に、リスクを犯して「ノー」といったのですがね。
どうなっても「あんな下品な人とは会いません。」と言い切ったら少しは格好もいいが。
そんなことだから、トヨタの奥田さんにバカにされるのだろう。
ニッポン放送のあの社長も頼りないしなあ。
この事態を招いたのは、鹿内家の問題をからめて日枝さんの失態なのは間違いはない。
しかし、失敗は誰にでもある。それにどう対処するかで評価は決まる。
キチンと戦って欲しいものだ。まさかフジテレビに有利な決定が裁判所から出るとは思っていないだろうと思っていたが、ひょっとしたらこれが最後の手だったんだろうか?
そうでなければ「担当役員が・・・」なんていうこと言うわけないしなあ。
あとどんでん返しがあるとすれば、村上ファンドの動きぐらいだと思うが?
ライブドアと一心同体と言われているが、こちらは株屋。
堀江さんの「もう詰んでいる」という言葉が気になるのだが、さて、どう動くか?
フジサンケイグループは日枝さんを支持しているのだから、信念を曲げずに戦い抜いて欲しい。
それが男と言うもの。
あと正々堂々とできるのは、残りの株を買うことだろう。
確かに、TOBに応じた株主はその時点の株価より安く売っている。
その株価より高く買うのは申し訳がない。それはそうだ。
しかし、きちんと株主1人ずつのところへ謝りにいけばよい。
フジテレビの立場を理解して、損をするのを知ってて売ってくれた人たちなのだからきっとわかってくれる。
「感謝しています。この御恩返しは必ずさせていただきます。」
でよいではないか。
そして、トヨタなどまだまとまったニッポン放送株を持っているところへ、頼みに行くべき。
「どうぞお願いします。株を売って下さい。」
頭を下げないと。
「もう市場で株は買わない。」なんて言っている場合だろうか。
もう遅いのかもしれないが、おめおめ生き延びて生き恥をさらすよりも、戦いぬいて負けたらそれだけのこと。
100年前とは違って腹は切らなくていいんだから。
「武士道」を読まれたい。
2005年03月08日
違う 違う 違う
news23に堀江社長出演。
最近の筑紫哲也氏はあまり迫力がなかったが、今日の堀江社長との対談はさすがだった。
穏やかに小僧をたしなめたと思った。
堀江さんは、「ネット上の意見は他のメディアの意見よりよいものだ」という主張に終始したと思う。
とんでもない。
少なくとも、公共のメディアは常に、大衆の批判にさらされている。
ブログに代表される現在のネットの意見の公表は、公共性は明らかに少ない。
責任の所在がはっきりしていないのだ。
双方向は確かによいものだと言って良いだろう。
でも、言ったもの勝ちだろうか?
多数意見が必ずしも正しいのだろうか?
トヨタの奥田社長の発言を言葉どおりに捉えてはいけない。
トヨタはどこで商売をしているのか?
日本の超老舗の超巨大企業の旦那の発言なのだ。
日枝さん。もっと風格を。まだまだ軽い軽い。
「電車男」?あれは正常といえるのだろうか?
私は気持ち悪くてしかたがない。
この人の主張が通るようであれば、日本の未来は暗い。
800億円の金利いくらになると思いますか?
ネットの狭間に漂う頑固親父達よ!がんばらんといかんぞ!
最近の筑紫哲也氏はあまり迫力がなかったが、今日の堀江社長との対談はさすがだった。
穏やかに小僧をたしなめたと思った。
堀江さんは、「ネット上の意見は他のメディアの意見よりよいものだ」という主張に終始したと思う。
とんでもない。
少なくとも、公共のメディアは常に、大衆の批判にさらされている。
ブログに代表される現在のネットの意見の公表は、公共性は明らかに少ない。
責任の所在がはっきりしていないのだ。
双方向は確かによいものだと言って良いだろう。
でも、言ったもの勝ちだろうか?
多数意見が必ずしも正しいのだろうか?
トヨタの奥田社長の発言を言葉どおりに捉えてはいけない。
トヨタはどこで商売をしているのか?
日本の超老舗の超巨大企業の旦那の発言なのだ。
日枝さん。もっと風格を。まだまだ軽い軽い。
「電車男」?あれは正常といえるのだろうか?
私は気持ち悪くてしかたがない。
この人の主張が通るようであれば、日本の未来は暗い。
800億円の金利いくらになると思いますか?
ネットの狭間に漂う頑固親父達よ!がんばらんといかんぞ!
2005年03月05日
知性と品格 #4
友人からこのblogのエントリーについて質問のメールが来たので、引用と共にお答えしてみます。
[Oさんからのメールの一部]
先月の課題図書を「希望格差社会」にしようと購入しましたが、間に合わなかったので、
次の課題図書にしようと今読んでいます。
難しそうだと思いましたが、読んでいると以外に読み易いですね。
今日の京都新聞に書いてありましたが、(先生のことなので読まれたと思いますが)
高校生は「自分は勝ち組だ」と思っているそうですね。
以前の先生のブログで、知能指数だったか経済力だったか、「ピラミッド型」だというのがありましたよね。
半分にした時、上半分は25%、下半分は75%というもの。
二極化とこれを合わせて考えることは出来ますか?
合わせて考えると、上の極はごく少ない人で下の極は多くの人ということになるのでしょうか?
それとも「二極化」と「ピラミッド型」は別のものですか?
また先生のお時間があるときにでも教えて下さい。
・二極化とピラミッド型について
ピラミッドは評価の対象となる、いわば「能力」などに関してはほぼこの形をとるものと思っています。
例えば、学力、経済力など。
そして、「構造」はこのピラミッド型をとるとは限りません。
例えば、年齢構成、男女比など。
二極化は、対極にあるものの間に、もはや回復不能な能力の格差が出でしまっていることであり、それが大きな問題なのです。
ここで、能力の差ですので、当然、下のグループの人数は上のグループの人数のより多くなります。
この対極の二者がお互いに全く理解が出来なくなっており、またその各々の構成者は密接に絡み合います。
それらの能力と思考パターンが非常に似かよっているからです。いわば心地よい関係が築けるから。
心地よさに馴れきってしまうと、下のグループの構成者は努力をして上に上がろうとは思いません。
また、あまりの価値観、思考パターンの差のため、上のグループの構成者は下のグループを差別化しますし、下のグループの数の多さと常識のなさに恐怖すら感じます。
そして下のグループはそのコンプレックスから上のグループを敵視しはじめます。
このあたりはSF小説で近未来の社会モデルとしてよく描かれます。
もちろんこれは平和な社会の崩壊の序章となってしまいます。
・「勝ち組」
前にも書きましたが、戦後50年で日本人が忘れたことは「勤勉、辛抱、分相応」だと思います。
一時期「一億総中流」といわれました。ほとんどの日本人が中流意識を持っているようですが、戦前の中流と言えば、もちろん一戸建てで、それも見越しの松つきの家に住んでいて、貸家の2〜3軒もあり、1年ぐらい遊んで暮らせる蓄えがあり・・・という文を読んだことがあります。
まさしくそのとおりでしょう。
高校生程度で、「勝ち組」の意識を持つなどということはおかしな話です。
高校生なら、先々の希望もありますが、また反対に将来についての大きな不安も持っていて当然です。
その不安があるから、辛抱して勤勉に努力をしようと思えるのです。
それが自分が勝ち組だなどと思うのは片腹痛い。
まさしく分相応を知らないわけです。
現在そこそこの4年制大学を卒業しても、正社員になれない現実をまだその親ですら知らないのだと思います。
ここでも、親子共に情報収集、分析の能力が低いことがはっきりとわかります。
余談ですが、歯科助手として当院の求人に応募される方の2〜3人に1人は4年制大学を卒業
されています。
これは5年ほど前では考えられないことでした。
また昨年からの傾向で著明なことは、ほぼその全員が「正社員になりたい」とおっしゃったことです。
○知性と品格
これは決して「知識と上品さ」とイコールではありません。
当然昔の日本もピラミッド型でした。今より教養や経済力の差は大きかったと思います。
しかしなぜ安定していたのか?
そこには一体感、常識があったからです。
ピラミッドの中心にこの大きな柱が立っていました。
法律に触れていなくても、お互いに心地よさが失われるであろうと思われることはしなかったのです。
それをやってしまえば、その場は自分の利益になっても、いつかまたその不利益が自分に降りかかることを無意識に知っていましたし、またそういう躾を受けていました。
「バチがあたる。」「因果応報」「お互い様」がこれにあたります。
私はこれが「知性と品格」の本質だろうと思っています。
現代のこの問題の象徴が「ライブドア」と「コクド」です。
コクドにはバチが当たったわけですが、さてライブドアがどうなるのか・・・
[Oさんからのメールの一部]
先月の課題図書を「希望格差社会」にしようと購入しましたが、間に合わなかったので、
次の課題図書にしようと今読んでいます。
難しそうだと思いましたが、読んでいると以外に読み易いですね。
今日の京都新聞に書いてありましたが、(先生のことなので読まれたと思いますが)
高校生は「自分は勝ち組だ」と思っているそうですね。
以前の先生のブログで、知能指数だったか経済力だったか、「ピラミッド型」だというのがありましたよね。
半分にした時、上半分は25%、下半分は75%というもの。
二極化とこれを合わせて考えることは出来ますか?
合わせて考えると、上の極はごく少ない人で下の極は多くの人ということになるのでしょうか?
それとも「二極化」と「ピラミッド型」は別のものですか?
また先生のお時間があるときにでも教えて下さい。
・二極化とピラミッド型について
ピラミッドは評価の対象となる、いわば「能力」などに関してはほぼこの形をとるものと思っています。
例えば、学力、経済力など。
そして、「構造」はこのピラミッド型をとるとは限りません。
例えば、年齢構成、男女比など。
二極化は、対極にあるものの間に、もはや回復不能な能力の格差が出でしまっていることであり、それが大きな問題なのです。
ここで、能力の差ですので、当然、下のグループの人数は上のグループの人数のより多くなります。
この対極の二者がお互いに全く理解が出来なくなっており、またその各々の構成者は密接に絡み合います。
それらの能力と思考パターンが非常に似かよっているからです。いわば心地よい関係が築けるから。
心地よさに馴れきってしまうと、下のグループの構成者は努力をして上に上がろうとは思いません。
また、あまりの価値観、思考パターンの差のため、上のグループの構成者は下のグループを差別化しますし、下のグループの数の多さと常識のなさに恐怖すら感じます。
そして下のグループはそのコンプレックスから上のグループを敵視しはじめます。
このあたりはSF小説で近未来の社会モデルとしてよく描かれます。
もちろんこれは平和な社会の崩壊の序章となってしまいます。
・「勝ち組」
前にも書きましたが、戦後50年で日本人が忘れたことは「勤勉、辛抱、分相応」だと思います。
一時期「一億総中流」といわれました。ほとんどの日本人が中流意識を持っているようですが、戦前の中流と言えば、もちろん一戸建てで、それも見越しの松つきの家に住んでいて、貸家の2〜3軒もあり、1年ぐらい遊んで暮らせる蓄えがあり・・・という文を読んだことがあります。
まさしくそのとおりでしょう。
高校生程度で、「勝ち組」の意識を持つなどということはおかしな話です。
高校生なら、先々の希望もありますが、また反対に将来についての大きな不安も持っていて当然です。
その不安があるから、辛抱して勤勉に努力をしようと思えるのです。
それが自分が勝ち組だなどと思うのは片腹痛い。
まさしく分相応を知らないわけです。
現在そこそこの4年制大学を卒業しても、正社員になれない現実をまだその親ですら知らないのだと思います。
ここでも、親子共に情報収集、分析の能力が低いことがはっきりとわかります。
余談ですが、歯科助手として当院の求人に応募される方の2〜3人に1人は4年制大学を卒業
されています。
これは5年ほど前では考えられないことでした。
また昨年からの傾向で著明なことは、ほぼその全員が「正社員になりたい」とおっしゃったことです。
○知性と品格
これは決して「知識と上品さ」とイコールではありません。
当然昔の日本もピラミッド型でした。今より教養や経済力の差は大きかったと思います。
しかしなぜ安定していたのか?
そこには一体感、常識があったからです。
ピラミッドの中心にこの大きな柱が立っていました。
法律に触れていなくても、お互いに心地よさが失われるであろうと思われることはしなかったのです。
それをやってしまえば、その場は自分の利益になっても、いつかまたその不利益が自分に降りかかることを無意識に知っていましたし、またそういう躾を受けていました。
「バチがあたる。」「因果応報」「お互い様」がこれにあたります。
私はこれが「知性と品格」の本質だろうと思っています。
現代のこの問題の象徴が「ライブドア」と「コクド」です。
コクドにはバチが当たったわけですが、さてライブドアがどうなるのか・・・
2005年02月27日
知性と品格#3
さて本筋に戻る。
品格とは何か?
今京都ブームである。
2004年の京都の観光消費は100億円増えた。観光客は4500万人。
なにを求めて京都にくるのか?
ある東京の経営コンサルタントの方が京都に来られて、3代続く5席だけの小さな寿司屋で一緒に食事をしたことがある。
もちろんここは一見さんお断りである。
その時におっしゃられた言葉。
「京都はすごいよ。
100年経っても同じ店構えで商売をしている。
これが他の町だったら100年経ったら大きくなるか、なくなっているかのどちらかだ。」
「うちなんか、まだ100年も経ってへん若造です。
あの鯖寿司屋はんあたりで300年ですしなー。」
ちなみにお値段が超高級ではない。ご主人1人でやられていて(5年前に亡くなられた)たまに奥さんが手伝う程度。お任せで1人1万円ほど。
ただ、壁には菊池寛がこのお店のお寿司を誉めた文を書いた色紙がかかっているし、サイン帳には川端康成の直筆の俳句が書いてある。
観光寺院を訪れるのもいいが、京都の真髄はこういうことだ。
では「一見さんお断りなら一般の人はそんなとこに行けないではないか」となるのだが、これが京都の本質を守ってきたルールである。
20年ほど前であるが、新聞の投書欄にこのような投書があった。
「私は久しぶりに京都に行った。
夕食を食べようと、ある古いお店に入った。
客はほとんどおらず、席は空いていたのに、『予約席です』と言われ、入れてもらえなかった。
あの予約ですと言うのはウソで、一見さんお断りなのだろう。
押し問答になり、腹が立って戸を蹴って私は帰った。
京都の人は地方の人間を馬鹿にしている。」
その1週間後、ある女将さんが投書をされた。
「一見さんお断りは、決してお高くとまっているわけではありません。
私たちは、自分のお店に来ていただいている馴染みお客様に、充分にくつろいでいただきたいのです。
誰でもお店に入れてしまうと、お金はそら儲かるかもしれません。
しかし、異質な方が入ってくると、お店の雰囲気が乱れます。
それでは長年ご愛顧いただいているお客様に申し訳ありません。
現にあなたは、腹が立ったからといって、戸を蹴られたのですよね。
そんなあなたを入れなかったそのお店の判断は、間違えていなかったと思いますよ。」
ある祇園のお茶屋の女将さんの話。
「この前、お2人の男性が見えましてな。
『船員です。久しぶりの陸やし、一回祇園の座敷で遊んでみたい。』言わはって、そうやな、50万円ぐらいありましたやろか。
札束を玄関口に置いて、『これで遊ばしてくれ』言わはったんどす。
『そんなぎょうさんいらしまへん。そやけど、私口下手でしてな、知らん人とお話ようしいしまへん。今日のところはお引取りくれまへんやろか?』
そう言うてお断りしましたんどす。
『金は払う言うてるやないか』ゆうてだいぶ怒らはりましたけど。」
もちろん口下手というのは大嘘で、口が3つはある女将さん。
ちなみに、4、5人で行って、そう贅沢さえしなければ、舞妓さん芸妓さんと遊んでも下手なクラブに行くよりは安いし、値打ちがある。
わけのわからないボトルキープといったものもない。お酒は何をいくら飲んでも料金に差はない。
またきちんとした紹介者があればよく、一回いって認められれば、あとは顔をすぐに覚えているのでフリーパス。
最近のライブドアの社長を見ているとこれらのエピソードを思い出してしまう。
「入ろうとしても入れてくれないのだから、こうでもしないと仕方がない。」
という発言があった。
こういう考え方は京都では一番嫌われる。
決して閉鎖性の問題だけではなく、堀江氏の資質にも問題があるのだ。
現に、プロ野球の新規参入に関しても、三木谷氏、孫氏の参入は何も問題がなかった。
あなたがそういう人だから入れてもらえないのですよ。
もちろんフジテレビにも隙があったわけで、
トヨタの奥田社長が
「フジテレビも脇が甘いね。堀江さんも金があったら何でもできるというのはネ。ちょっとねー。」と言っていたが、トヨタは豊田織機から始まる老舗、その旦那のお言葉。
まあ、これが京都なら、表向きは
「フジテレビはんも大変ですなー。まあおきばりやす。」
裏では
「フジテレビも抜けたことや。あんな若造につけこまれてアホやなー。恥さらしてしまわはった。」
堀江氏に関しては、
「ふーん。ああゆうお人やさかいな。」
こんなとこだろうか。
「企業は株主のもの」という言葉をよく聞くようになったが、そうだろうか?
まず企業は創業者の苦労で始まる。
そしてそれから代々の経営者を支えてきた従業員とお客さまのものである。
出資した株主の功労ももちろんあろうが、それは一番後である。
単なる株=お金の操作だけで企業を牛耳ろうとするような考えは下品。
品格はある種「変わらないこと」と言ってもいいと思う。
変化だけがよいことではない。
変わらずにやっていくためには、正しく揺るぎのない理念、人の心を第一に考えての行動を常に必要とする。
この2点を見失うと、どちらの立場であっても「恥さらしてしまわはった。」となるのだろう。
追記1
小学校6年の娘との会話
「お父さん。フジテレビとライブドア、どっちが悪いと思う?」
「いい悪いの問題じゃないけど、まあ、ライブドアやろなー。」
「私もそう思う。」
追記2
ライオンズクラブの活動で、最近嵐山に行くことが多い。
奥のお寺の方にいけばそうでもないのかもしれないが、渡月橋のあたりはすっかり様子が変わってしまった。
あれが京都だろうか?
タレントショップにコロッケ屋、これってここに必要だろうか?
追記3
京漬物。
珍しく京都の老舗が変わっていく。
○○、××、△△立派なビルになった本店の前に観光バスが止まり、観光客がたくさんのお土産を下げて帰っていく。
千枚漬けやすぐきならまだいいんだけど、あの袋入りのお漬物、あれはお漬物ではありません。
ほとんどが調味液漬け。
エバラ浅漬けの素とまあ同じ。おいしいとおもうのかなァ。
この前、いただき物を食べたら味の素の味がした。
品格とは何か?
今京都ブームである。
2004年の京都の観光消費は100億円増えた。観光客は4500万人。
なにを求めて京都にくるのか?
ある東京の経営コンサルタントの方が京都に来られて、3代続く5席だけの小さな寿司屋で一緒に食事をしたことがある。
もちろんここは一見さんお断りである。
その時におっしゃられた言葉。
「京都はすごいよ。
100年経っても同じ店構えで商売をしている。
これが他の町だったら100年経ったら大きくなるか、なくなっているかのどちらかだ。」
「うちなんか、まだ100年も経ってへん若造です。
あの鯖寿司屋はんあたりで300年ですしなー。」
ちなみにお値段が超高級ではない。ご主人1人でやられていて(5年前に亡くなられた)たまに奥さんが手伝う程度。お任せで1人1万円ほど。
ただ、壁には菊池寛がこのお店のお寿司を誉めた文を書いた色紙がかかっているし、サイン帳には川端康成の直筆の俳句が書いてある。
観光寺院を訪れるのもいいが、京都の真髄はこういうことだ。
では「一見さんお断りなら一般の人はそんなとこに行けないではないか」となるのだが、これが京都の本質を守ってきたルールである。
20年ほど前であるが、新聞の投書欄にこのような投書があった。
「私は久しぶりに京都に行った。
夕食を食べようと、ある古いお店に入った。
客はほとんどおらず、席は空いていたのに、『予約席です』と言われ、入れてもらえなかった。
あの予約ですと言うのはウソで、一見さんお断りなのだろう。
押し問答になり、腹が立って戸を蹴って私は帰った。
京都の人は地方の人間を馬鹿にしている。」
その1週間後、ある女将さんが投書をされた。
「一見さんお断りは、決してお高くとまっているわけではありません。
私たちは、自分のお店に来ていただいている馴染みお客様に、充分にくつろいでいただきたいのです。
誰でもお店に入れてしまうと、お金はそら儲かるかもしれません。
しかし、異質な方が入ってくると、お店の雰囲気が乱れます。
それでは長年ご愛顧いただいているお客様に申し訳ありません。
現にあなたは、腹が立ったからといって、戸を蹴られたのですよね。
そんなあなたを入れなかったそのお店の判断は、間違えていなかったと思いますよ。」
ある祇園のお茶屋の女将さんの話。
「この前、お2人の男性が見えましてな。
『船員です。久しぶりの陸やし、一回祇園の座敷で遊んでみたい。』言わはって、そうやな、50万円ぐらいありましたやろか。
札束を玄関口に置いて、『これで遊ばしてくれ』言わはったんどす。
『そんなぎょうさんいらしまへん。そやけど、私口下手でしてな、知らん人とお話ようしいしまへん。今日のところはお引取りくれまへんやろか?』
そう言うてお断りしましたんどす。
『金は払う言うてるやないか』ゆうてだいぶ怒らはりましたけど。」
もちろん口下手というのは大嘘で、口が3つはある女将さん。
ちなみに、4、5人で行って、そう贅沢さえしなければ、舞妓さん芸妓さんと遊んでも下手なクラブに行くよりは安いし、値打ちがある。
わけのわからないボトルキープといったものもない。お酒は何をいくら飲んでも料金に差はない。
またきちんとした紹介者があればよく、一回いって認められれば、あとは顔をすぐに覚えているのでフリーパス。
最近のライブドアの社長を見ているとこれらのエピソードを思い出してしまう。
「入ろうとしても入れてくれないのだから、こうでもしないと仕方がない。」
という発言があった。
こういう考え方は京都では一番嫌われる。
決して閉鎖性の問題だけではなく、堀江氏の資質にも問題があるのだ。
現に、プロ野球の新規参入に関しても、三木谷氏、孫氏の参入は何も問題がなかった。
あなたがそういう人だから入れてもらえないのですよ。
もちろんフジテレビにも隙があったわけで、
トヨタの奥田社長が
「フジテレビも脇が甘いね。堀江さんも金があったら何でもできるというのはネ。ちょっとねー。」と言っていたが、トヨタは豊田織機から始まる老舗、その旦那のお言葉。
まあ、これが京都なら、表向きは
「フジテレビはんも大変ですなー。まあおきばりやす。」
裏では
「フジテレビも抜けたことや。あんな若造につけこまれてアホやなー。恥さらしてしまわはった。」
堀江氏に関しては、
「ふーん。ああゆうお人やさかいな。」
こんなとこだろうか。
「企業は株主のもの」という言葉をよく聞くようになったが、そうだろうか?
まず企業は創業者の苦労で始まる。
そしてそれから代々の経営者を支えてきた従業員とお客さまのものである。
出資した株主の功労ももちろんあろうが、それは一番後である。
単なる株=お金の操作だけで企業を牛耳ろうとするような考えは下品。
品格はある種「変わらないこと」と言ってもいいと思う。
変化だけがよいことではない。
変わらずにやっていくためには、正しく揺るぎのない理念、人の心を第一に考えての行動を常に必要とする。
この2点を見失うと、どちらの立場であっても「恥さらしてしまわはった。」となるのだろう。
追記1
小学校6年の娘との会話
「お父さん。フジテレビとライブドア、どっちが悪いと思う?」
「いい悪いの問題じゃないけど、まあ、ライブドアやろなー。」
「私もそう思う。」
追記2
ライオンズクラブの活動で、最近嵐山に行くことが多い。
奥のお寺の方にいけばそうでもないのかもしれないが、渡月橋のあたりはすっかり様子が変わってしまった。
あれが京都だろうか?
タレントショップにコロッケ屋、これってここに必要だろうか?
追記3
京漬物。
珍しく京都の老舗が変わっていく。
○○、××、△△立派なビルになった本店の前に観光バスが止まり、観光客がたくさんのお土産を下げて帰っていく。
千枚漬けやすぐきならまだいいんだけど、あの袋入りのお漬物、あれはお漬物ではありません。
ほとんどが調味液漬け。
エバラ浅漬けの素とまあ同じ。おいしいとおもうのかなァ。
この前、いただき物を食べたら味の素の味がした。
2005年02月26日
知性と品格#2
出産のため退職したスタッフの後任選びに、昨年から準備をはじめ、来る日も来る日も面接をした。
なかなか思うようにならなかった。
当院では人間関係でのトラブルや、怒鳴ったりということはないが、それなりの技術、見識が要求をされるので、かなりの覚悟はもって来て欲しいと昏々と説明をする。
「20〜30人面接をして採用できるのが1人。そのうち3人に2人は自主退職をされます。
相当に勉強してもらう必要がありますが、その覚悟はありますか?」
「ハイ。ホームページで治療の内容と雰囲気を見て、ここで働きたいと思います。」
となる。
場所のこと、長時間勤務の多い歯科医院のなかで9時から5時で仕事は終わり。
週休2日で有給休暇も100%消化。
個室の診療室。
このあたりに引かれて応募される。
しかしだ。
最短で2日で退職した人もいた。
現実感がまるでない。
そして、これが私のところだけの話ではない。
私の仕事をしてくれている別々の技工所の2人の技工士さんにこの話をしたら、異口同音に、
「先生。今、それどこの病院でもそうですよ。
先週新しく入った子やなと思ってて、今週行ったらもういません。
皆さん、困ってはります。」
とのこと。
私の病院は、幸い歯科技工士の免許も持っている有能な歯科助手が見つかり、瓢箪から駒、ホッと胸をなでおろしている。
技工士の仕事をしてもらうつもりはないが、2年間専門学校で歯に対する基礎知識をしっかり身につけているというのは大きな強みである。
これからの教育期間が少し大変だが、このような人材はなかなかない。
ラッキーだった。
またこの間、大きなお腹で電話番にきてくれている前主任衛生士。
10年勤務して出産のために2年前に退職した元スタッフは、子供をお母さんに預けて手伝いにきてくれている。
本当にありがたかった。
もちろん、在職中のスッタフたちが一番大変だったと思う。
感謝している。
恥をさらすようでなかなか書けなかったのだが、やっと目処が立ったので、現実を知っていただくために書いてみる。
ここ最近、就職してすぐに退職した人たちを考えると、よくこれで今まで働けていたものだと思う。
歯科医院のレベルが低くなっているのか?
『今時の子』では片付けられない問題もある。
面接に来た衛生士には必ず4つの質問をする。
ホームページは見てこられましたか?と専門的な質問である。
まずホームページ。
求人票には「ホームページを見てくること」と記入をしてあるのだが、まだ2人に1人は「コンピューターがないので、見ていません。」と答える。
コンピューターを持っていることが必須ではないのだが、私達は専門職なのだ。
それぐらいは当たり前だと思うのだが。
もし持っていなくとも、インターネットカフェなどで見ることは可能だし、友達もいるだろう。
自分の一生が決まると言ってもよい重要なことなのだから、それを見てこないというのはどういうことなのか?と思ってしまう。
専門的な質問。
ここに書くと問題漏洩になるので具体的には書かないが、そうですね、看護士に「腎臓はいくつありますか?」と聞くようなレベルの三つの質問。
なんとまあ。この質問に全て答えられる衛生士は10人に1人もいない。
これで歯石取りなどまともにできるはずもない。
よく患者様が「半年前に歯石を取りました。」と言われ、レントゲンを撮ると、レントゲンでわかるほどの歯石が残っていることがあるのもうなずける。
もちろん今勤務しているスタッフは、この質問に全て正しく解答ができた衛生士である。
なかなか思うようにならなかった。
当院では人間関係でのトラブルや、怒鳴ったりということはないが、それなりの技術、見識が要求をされるので、かなりの覚悟はもって来て欲しいと昏々と説明をする。
「20〜30人面接をして採用できるのが1人。そのうち3人に2人は自主退職をされます。
相当に勉強してもらう必要がありますが、その覚悟はありますか?」
「ハイ。ホームページで治療の内容と雰囲気を見て、ここで働きたいと思います。」
となる。
場所のこと、長時間勤務の多い歯科医院のなかで9時から5時で仕事は終わり。
週休2日で有給休暇も100%消化。
個室の診療室。
このあたりに引かれて応募される。
しかしだ。
最短で2日で退職した人もいた。
現実感がまるでない。
そして、これが私のところだけの話ではない。
私の仕事をしてくれている別々の技工所の2人の技工士さんにこの話をしたら、異口同音に、
「先生。今、それどこの病院でもそうですよ。
先週新しく入った子やなと思ってて、今週行ったらもういません。
皆さん、困ってはります。」
とのこと。
私の病院は、幸い歯科技工士の免許も持っている有能な歯科助手が見つかり、瓢箪から駒、ホッと胸をなでおろしている。
技工士の仕事をしてもらうつもりはないが、2年間専門学校で歯に対する基礎知識をしっかり身につけているというのは大きな強みである。
これからの教育期間が少し大変だが、このような人材はなかなかない。
ラッキーだった。
またこの間、大きなお腹で電話番にきてくれている前主任衛生士。
10年勤務して出産のために2年前に退職した元スタッフは、子供をお母さんに預けて手伝いにきてくれている。
本当にありがたかった。
もちろん、在職中のスッタフたちが一番大変だったと思う。
感謝している。
恥をさらすようでなかなか書けなかったのだが、やっと目処が立ったので、現実を知っていただくために書いてみる。
ここ最近、就職してすぐに退職した人たちを考えると、よくこれで今まで働けていたものだと思う。
歯科医院のレベルが低くなっているのか?
『今時の子』では片付けられない問題もある。
面接に来た衛生士には必ず4つの質問をする。
ホームページは見てこられましたか?と専門的な質問である。
まずホームページ。
求人票には「ホームページを見てくること」と記入をしてあるのだが、まだ2人に1人は「コンピューターがないので、見ていません。」と答える。
コンピューターを持っていることが必須ではないのだが、私達は専門職なのだ。
それぐらいは当たり前だと思うのだが。
もし持っていなくとも、インターネットカフェなどで見ることは可能だし、友達もいるだろう。
自分の一生が決まると言ってもよい重要なことなのだから、それを見てこないというのはどういうことなのか?と思ってしまう。
専門的な質問。
ここに書くと問題漏洩になるので具体的には書かないが、そうですね、看護士に「腎臓はいくつありますか?」と聞くようなレベルの三つの質問。
なんとまあ。この質問に全て答えられる衛生士は10人に1人もいない。
これで歯石取りなどまともにできるはずもない。
よく患者様が「半年前に歯石を取りました。」と言われ、レントゲンを撮ると、レントゲンでわかるほどの歯石が残っていることがあるのもうなずける。
もちろん今勤務しているスタッフは、この質問に全て正しく解答ができた衛生士である。
2005年02月13日
知性と品格#1
今日は夕食は新京極の「スタンド」に家族4人で行った。
独身時代によく行った。久しぶりである。
前は「ちりこ」と言って小皿の上にのったコップに日本酒を注いでもらって、皿にこぼれた日本酒をチュッと吸っておもむろに酒を飲んだ。
かなりレトロな酒場。
一見さんはかなり入りにくく、今の時代一種異様な雰囲気かもしれない。
しかし、昭和30年から40年ぐらいの日本独特の親密さ、気安さ、それでいてある種の秩序が味わえる。
今日も変わりはなかった。懐かしい。
子供たちも雰囲気を楽しんでいた。
帰って、NHK大河ドラマ「義経」を見る。
NHKもタッキーも批判にさらられているが、久しぶりに大河ドラマらしい大河ドラマだと思う。
昨年の「新撰組」はひどかった。2回見てやめにした。
「義経」は小学校2年の息子、6年の娘が楽しみにしている。
私の子供時代もこの大河ドラマを一家で見ることが日曜日の夜の恒例だった。
「竜馬が行く」「樅の木は残った」「新平家物語」「勝海舟」「国盗り物語」「黄金の日々」・・・懐かしい思い出である。
この大河ドラマで私の日本史のイメージがある程度形成されたといってもいいと思う。
どれも傑作と言うわけではないが、「品格」というものがあった。
ニュースキャスターというものはいつから現れたのだろう?
私の子供時代、ニュースと言えばNHKの朝、夜の7時のニュースだった。
ニュースは事実のみをアナウンサーが伝えるものあって、訳知り顔の下品な半芸能人が勝手な講釈をたれるものではない。
その事実をどう捉えるかは、視聴者の自由である。
日本人は自分で考えることさえ放棄したのだろうか?
余計な講釈が少ない7時のニュースには多少の品格が残っている。
NHKがんばれ!
昨年某IT関連の社長が絡んだプロ野球の騒動があった。
その時の小学校6年の娘との会話である。
「お父さん。LとRどちらが勝つと思う?」
「どっちが勝つんや?」
「Rに決まってる。みんなそう言っている。」
「なんでや?」
「そらRや。スーツ着てる。」
小学生でもわかる理屈である。
昨今またLの社長は世間を騒がせているが、多少の金はあるらしいが品格に大いに欠ける。
「金で買えないものはない」とのたまっているらしいが、そんなことはありえないことは歴史を見れば明白である。
品格と共に知性にも欠けている悲しい成金の典型なのだろう。
確かにITと言うもの、これからの時代にはなくてはならないだろうが、私は「2チャンネル」というものを昨年始めて見て驚いた。
これが人間というものの本性だろうか?と。
名前と素性がわからないとなれば人間というものはここまで下劣になれるのだろうか?と。
テクノロジーとスキルは多少の経済力があれば誰でも手にできるようになったが、これからの格差は「知性と品格」で決まってくるように思う。
以前に「二極分化」の時代が来ることを、10年以上前から私は言ってきたことを書いていたが、それともうあと2つのことを言ってきた。
一つは、今までは悪い人は見かけで判断できたがこれからはそうはいかないということ。
最後は、哀しいことにこの二つの理由でもう日本は立ち行かなくなるだろうということ。
そうなって欲しくはないので、このことについて暇をみてシリーズで述べてみたいと思う。
独身時代によく行った。久しぶりである。
前は「ちりこ」と言って小皿の上にのったコップに日本酒を注いでもらって、皿にこぼれた日本酒をチュッと吸っておもむろに酒を飲んだ。
かなりレトロな酒場。
一見さんはかなり入りにくく、今の時代一種異様な雰囲気かもしれない。
しかし、昭和30年から40年ぐらいの日本独特の親密さ、気安さ、それでいてある種の秩序が味わえる。
今日も変わりはなかった。懐かしい。
子供たちも雰囲気を楽しんでいた。
帰って、NHK大河ドラマ「義経」を見る。
NHKもタッキーも批判にさらられているが、久しぶりに大河ドラマらしい大河ドラマだと思う。
昨年の「新撰組」はひどかった。2回見てやめにした。
「義経」は小学校2年の息子、6年の娘が楽しみにしている。
私の子供時代もこの大河ドラマを一家で見ることが日曜日の夜の恒例だった。
「竜馬が行く」「樅の木は残った」「新平家物語」「勝海舟」「国盗り物語」「黄金の日々」・・・懐かしい思い出である。
この大河ドラマで私の日本史のイメージがある程度形成されたといってもいいと思う。
どれも傑作と言うわけではないが、「品格」というものがあった。
ニュースキャスターというものはいつから現れたのだろう?
私の子供時代、ニュースと言えばNHKの朝、夜の7時のニュースだった。
ニュースは事実のみをアナウンサーが伝えるものあって、訳知り顔の下品な半芸能人が勝手な講釈をたれるものではない。
その事実をどう捉えるかは、視聴者の自由である。
日本人は自分で考えることさえ放棄したのだろうか?
余計な講釈が少ない7時のニュースには多少の品格が残っている。
NHKがんばれ!
昨年某IT関連の社長が絡んだプロ野球の騒動があった。
その時の小学校6年の娘との会話である。
「お父さん。LとRどちらが勝つと思う?」
「どっちが勝つんや?」
「Rに決まってる。みんなそう言っている。」
「なんでや?」
「そらRや。スーツ着てる。」
小学生でもわかる理屈である。
昨今またLの社長は世間を騒がせているが、多少の金はあるらしいが品格に大いに欠ける。
「金で買えないものはない」とのたまっているらしいが、そんなことはありえないことは歴史を見れば明白である。
品格と共に知性にも欠けている悲しい成金の典型なのだろう。
確かにITと言うもの、これからの時代にはなくてはならないだろうが、私は「2チャンネル」というものを昨年始めて見て驚いた。
これが人間というものの本性だろうか?と。
名前と素性がわからないとなれば人間というものはここまで下劣になれるのだろうか?と。
テクノロジーとスキルは多少の経済力があれば誰でも手にできるようになったが、これからの格差は「知性と品格」で決まってくるように思う。
以前に「二極分化」の時代が来ることを、10年以上前から私は言ってきたことを書いていたが、それともうあと2つのことを言ってきた。
一つは、今までは悪い人は見かけで判断できたがこれからはそうはいかないということ。
最後は、哀しいことにこの二つの理由でもう日本は立ち行かなくなるだろうということ。
そうなって欲しくはないので、このことについて暇をみてシリーズで述べてみたいと思う。
2005年02月05日
生きてるだけで儲けもの
娘が中学に合格したので私の母親から入学祝いが届いた。
お礼の電話をした。
「あんた寿司寅のマーちゃん覚えてるやろ?」
「うん。覚えとる。」
「この前、バッタリ会うたら、フンちゃん死んだんやって。」
「えー!またなんで?」
「フンちゃん、早うに結婚して、奈良で銀行の部長しとったんやけど、姪の結婚式に行くつもりで、梅田で切符買おうとして、そこで倒れてそれっきりやったらしいわ。」
「ふーん。」
「3年前やったらしい。
マーちゃんもう泣きの涙や。子供に先に死なれることほど辛いもんはないちゅうて。
あんたも、体に気いつけて、子供が大きいなるまで元気でおらんと。」
徳島の実家の隣に間口3メートルぐらいの小さな寿司屋さんがあった。
それが寿司寅。そこのおかみさんがマーちゃん。
フンちゃんはその息子。同級生だった。名前がフミオだったので、なぜかフンちゃんと呼ばれていた。
寿司屋の息子のくせに、寿司が嫌いで、ちょっとドンクサかったので時々いじめた。
小学校の運動場で突き飛ばして、踵の骨にひびを入らせて、母親と一緒にあやまりにいったこともあった。
フンちゃんのお父さんがバッテラを作る様子をよく見ていた。30年以上前のことだが作り方を今でもはっきり覚えている。
中学生の時だったと思うが、店をたたんで引っ越していったので、後の付き合いはさほどなかった。
やはり同級生がこのような亡くなり方をすると、考えることが多い。
私の病院のホームページを作ってくれているTHINKSELLのBLOGにこんなエントリーがあった。
まさしくこのとおりだと思う。
そして、生きていると何かとクヨクヨ悩んでしまうが、ひょっとしたら明日はないかもしれないのだ。
今を、とにかく今を大事に!
気持ちだけは明るく保って生きたいものだ。
生きてるだけで、幸せなんだ。
フンちゃんのご冥福を祈る。
お礼の電話をした。
「あんた寿司寅のマーちゃん覚えてるやろ?」
「うん。覚えとる。」
「この前、バッタリ会うたら、フンちゃん死んだんやって。」
「えー!またなんで?」
「フンちゃん、早うに結婚して、奈良で銀行の部長しとったんやけど、姪の結婚式に行くつもりで、梅田で切符買おうとして、そこで倒れてそれっきりやったらしいわ。」
「ふーん。」
「3年前やったらしい。
マーちゃんもう泣きの涙や。子供に先に死なれることほど辛いもんはないちゅうて。
あんたも、体に気いつけて、子供が大きいなるまで元気でおらんと。」
徳島の実家の隣に間口3メートルぐらいの小さな寿司屋さんがあった。
それが寿司寅。そこのおかみさんがマーちゃん。
フンちゃんはその息子。同級生だった。名前がフミオだったので、なぜかフンちゃんと呼ばれていた。
寿司屋の息子のくせに、寿司が嫌いで、ちょっとドンクサかったので時々いじめた。
小学校の運動場で突き飛ばして、踵の骨にひびを入らせて、母親と一緒にあやまりにいったこともあった。
フンちゃんのお父さんがバッテラを作る様子をよく見ていた。30年以上前のことだが作り方を今でもはっきり覚えている。
中学生の時だったと思うが、店をたたんで引っ越していったので、後の付き合いはさほどなかった。
やはり同級生がこのような亡くなり方をすると、考えることが多い。
私の病院のホームページを作ってくれているTHINKSELLのBLOGにこんなエントリーがあった。
まさしくこのとおりだと思う。
そして、生きていると何かとクヨクヨ悩んでしまうが、ひょっとしたら明日はないかもしれないのだ。
今を、とにかく今を大事に!
気持ちだけは明るく保って生きたいものだ。
生きてるだけで、幸せなんだ。
フンちゃんのご冥福を祈る。
2005年01月23日
「言った言わない」 NHKvs朝日新聞
連日の報道ですが、醜いですね。
私の主観のみで判断すると、あのNHKの長井さんは何か信用できないのです。
言っていることが全て伝聞だし、品位というものが感じられません。
見た目だけでで判断してはいけないのですが、「フロイト家の私生活」というフロイト家の家政婦さんが書いた本があります。
そのなかで、本人が言うには、フロイトは自分の家を訪れた人の評価は、買っていたチャウチャウ犬の反応と、この家政婦さんの評価を一番重要視していたとのことですしね。(ウソか本当かは定かではありません。)
たまに買う週刊誌は、週間新潮なのですが、今週号の「朝日極左記者とNHK偏向プロデューサーが仕組んだ魔女狩り大虚報」の内容が一番真実に近いような気がします。
朝日新聞が始めた話なのに、全く証拠がないわけですし、唯一の証拠と言えば中川大臣の面会記録ぐらいでしょう?
もうこの話はしてもしようがないと思うのですが・・・
この「言った言わない」状態は本当に困ります。
やはり診療の中でもこれは起こりうることですし、いくら私が正確に説明をしていても患者様が「聞いてない」「先生がこう言った」と言えばそれはどうしようもなくなります。
(結構、目がテンになるようなこともあるのですよ。患者対医者の構図はほとんど医者が不利です。)
ですので、できるだけ文書で説明内容をお渡しするようにしているのですが、それでも「見ていません」と言われガックリすることもあります。
不幸にして「言った言わない」状態になった時は、私は、後々大きな問題になりそうでなければあえてもう何も言わないようにしています。
そこでたたみ掛けて理屈を言うと、今度は感情のもつれになってしまいます。
この感情というものが一番に厄介で、あえてぐっとこらえて「もうしわけありませんでした。」と言っておいたほうがすんなり収まることが多いようです。
まあ、これはさておき。
一番気になるのが、テレビのアナウンサー達の質問の仕方。
安倍幹事長代理、中川大臣に対し「何かお前ら圧力をかけたはずだ。」という前提の質問しかしていないように思います。
この事件が報道された日の「報道ステーション」の解説者(テレビ朝日の伝統で、見た目「この人の言うことは絶対に間違ってない」と思わせる人を上手に選びます)などは、安倍さんをまるで極悪人か、独裁者のように取り扱った糾弾の仕方でしたし、今日の「報道2001」の司会者は、中川さんが「NHKには圧力をかけた覚えがない」と言うと、「番記者に世間話ででも何か言ったのではないか?」とまで突っ込んでいました。
そんなこと言われたら、おちおち雑談も出来ないでしょう。
メディアのとらえかた、偏りかたが非常に大人気なく感じるのですが。
やはりいつも「自分の記憶は正しいか?」「公平か?」「理屈は通っているか?」を考えて会話をしないといけませんね。
私の主観のみで判断すると、あのNHKの長井さんは何か信用できないのです。
言っていることが全て伝聞だし、品位というものが感じられません。
見た目だけでで判断してはいけないのですが、「フロイト家の私生活」というフロイト家の家政婦さんが書いた本があります。
そのなかで、本人が言うには、フロイトは自分の家を訪れた人の評価は、買っていたチャウチャウ犬の反応と、この家政婦さんの評価を一番重要視していたとのことですしね。(ウソか本当かは定かではありません。)
たまに買う週刊誌は、週間新潮なのですが、今週号の「朝日極左記者とNHK偏向プロデューサーが仕組んだ魔女狩り大虚報」の内容が一番真実に近いような気がします。
朝日新聞が始めた話なのに、全く証拠がないわけですし、唯一の証拠と言えば中川大臣の面会記録ぐらいでしょう?
もうこの話はしてもしようがないと思うのですが・・・
この「言った言わない」状態は本当に困ります。
やはり診療の中でもこれは起こりうることですし、いくら私が正確に説明をしていても患者様が「聞いてない」「先生がこう言った」と言えばそれはどうしようもなくなります。
(結構、目がテンになるようなこともあるのですよ。患者対医者の構図はほとんど医者が不利です。)
ですので、できるだけ文書で説明内容をお渡しするようにしているのですが、それでも「見ていません」と言われガックリすることもあります。
不幸にして「言った言わない」状態になった時は、私は、後々大きな問題になりそうでなければあえてもう何も言わないようにしています。
そこでたたみ掛けて理屈を言うと、今度は感情のもつれになってしまいます。
この感情というものが一番に厄介で、あえてぐっとこらえて「もうしわけありませんでした。」と言っておいたほうがすんなり収まることが多いようです。
まあ、これはさておき。
一番気になるのが、テレビのアナウンサー達の質問の仕方。
安倍幹事長代理、中川大臣に対し「何かお前ら圧力をかけたはずだ。」という前提の質問しかしていないように思います。
この事件が報道された日の「報道ステーション」の解説者(テレビ朝日の伝統で、見た目「この人の言うことは絶対に間違ってない」と思わせる人を上手に選びます)などは、安倍さんをまるで極悪人か、独裁者のように取り扱った糾弾の仕方でしたし、今日の「報道2001」の司会者は、中川さんが「NHKには圧力をかけた覚えがない」と言うと、「番記者に世間話ででも何か言ったのではないか?」とまで突っ込んでいました。
そんなこと言われたら、おちおち雑談も出来ないでしょう。
メディアのとらえかた、偏りかたが非常に大人気なく感じるのですが。
やはりいつも「自分の記憶は正しいか?」「公平か?」「理屈は通っているか?」を考えて会話をしないといけませんね。
2005年01月10日
荒れる成人式
今年も、一部の成人式が荒れた。
その理由は先日このエントリーに書いた。
荒れる新成人たちを制止していたボランティアの警備員が、こう言ったそうだ。
「なんのためにここに来ているのだろう?」と。
なにかやりきれなくなってくるので、この記事を紹介して一度このテーマは打ち切りにする。
1月10日の京都新聞「オピニオン紹介」
正社員の道険しく
経済競争力削ぐ? 少子化増す懸念も
目立つ「高齢者フリーター」
定職に就かずアルバイトなどで暮らすフリーターは、内閣府の推計で2001年に4百万人を突破、なお増加傾向が続く。気楽なイメージと裏腹に経験や知識を深める機会が少ないため、希望しても正社員への道は険しく、三十歳代後半の「高齢フリーター」も目立ち始めた。
人口減を迎える中、貴重な若年層をどう生かすか、社会全体の課題となっている。
試験前に「逃亡」
「面接15分前に会社の前に着いたけど、どうしてもビルの申に入れなくて。玄関で二本たばこを吸つて、『今日はこれまで』とあきらめ、そのまま帰ってきた」
昨年暮れ、厚生労働省や経済産業省などが共同で運営する若者の就職支援センター「ジョブカフェ大阪」が、大阪市中央区で開いたセミナーに参加したフリーターの男性(31)は、打ち明ける。彼が就職試験で「敵前逃亡」したのは、これが二度目という。
大学を二年で中退、縁故入社した加工食品メーカーも三年弱で退職。
両親と同居しアルバイトを続けながら、何度か正社員試験に挑んだが、不採用統き。
「三十歳を過ぎたら、はっきりと人事担当者の自が冷ややかになった。
面接で2,3分やりとりすると、おまえじゃ駄目って態度がみえてきて耐えられなくなる」
正社員試験に挑戦を続ける別の男性(30)も
「履歴書を見た会社側から、離職後の空白期間が長い点を突かれるときつい。
バイト歴なら、盛りだくさんだけど」
と、自ちょう気味に笑った。
企業も危機感
内閣府は、フリーターを「パートやアルバイトとして働いているか、働く意志のある35歳未満の男女(学生と主婦を除く)」と定義する。
30歳代半ばになれば、定職に就くとの「常識」が前提となっている。
しかし、フリーターを年齢別でみると1998年までは20〜24歳がトップだったが、2001年は25〜29歳が上回った。フリーター基準に合致する35〜39歳も、2001年で10年前の4割増の46万人に達し、確実に高齢化」が進展している。
厚生労働省によると、2007年から三年間で団塊世代約五百万人が定年退職を迎える。このため、約6割の企業が「ものづくり力の継承」に危機感を抱いているとの調査もある。
フリーターの増加は、若年層が職業知識や技能を蓄積する機会を一段と減らすことにつながり、日本経済の競争力を削ぐ恐れも強まる。
シングルに変化
東京学芸大の山田昌弘教授は1990年代後半、「卒業後も親元に住み生活費を浮かせ、バイト収入だけで豊かに自由に暮らす若者」を[パラサイトシングル」と名付けた。しかし、最近は「リストラされたり、定年退職を迎えたりで親のスネが細り、生活の重みがパラサイトの両肩にのしかかってきた」と、変化を指摘する。
「結婚はしたい」「男が家計を支えるべきだ」という意識は若い世代にも根強く、不安定で低収入の男性フリーターは結婚相手としては敬遠されがち。
晩婚・非婚は一層の少子化を招きかねず、到来する「人口減少社会」の不安要素となっている。
山田教授は「バブル崩壊以降、高度な能力をもつ少数の中核労働者と使い捨ての単純労働者に分断され、将来に希望をもてる人ともてない人の断絶が進んだ。
努力しても無駄と絶望する層が膨らめば、社台秩序が揺らぎかねない」と警告する。
その理由は先日このエントリーに書いた。
荒れる新成人たちを制止していたボランティアの警備員が、こう言ったそうだ。
「なんのためにここに来ているのだろう?」と。
なにかやりきれなくなってくるので、この記事を紹介して一度このテーマは打ち切りにする。
1月10日の京都新聞「オピニオン紹介」
正社員の道険しく
経済競争力削ぐ? 少子化増す懸念も
目立つ「高齢者フリーター」
定職に就かずアルバイトなどで暮らすフリーターは、内閣府の推計で2001年に4百万人を突破、なお増加傾向が続く。気楽なイメージと裏腹に経験や知識を深める機会が少ないため、希望しても正社員への道は険しく、三十歳代後半の「高齢フリーター」も目立ち始めた。
人口減を迎える中、貴重な若年層をどう生かすか、社会全体の課題となっている。
試験前に「逃亡」
「面接15分前に会社の前に着いたけど、どうしてもビルの申に入れなくて。玄関で二本たばこを吸つて、『今日はこれまで』とあきらめ、そのまま帰ってきた」
昨年暮れ、厚生労働省や経済産業省などが共同で運営する若者の就職支援センター「ジョブカフェ大阪」が、大阪市中央区で開いたセミナーに参加したフリーターの男性(31)は、打ち明ける。彼が就職試験で「敵前逃亡」したのは、これが二度目という。
大学を二年で中退、縁故入社した加工食品メーカーも三年弱で退職。
両親と同居しアルバイトを続けながら、何度か正社員試験に挑んだが、不採用統き。
「三十歳を過ぎたら、はっきりと人事担当者の自が冷ややかになった。
面接で2,3分やりとりすると、おまえじゃ駄目って態度がみえてきて耐えられなくなる」
正社員試験に挑戦を続ける別の男性(30)も
「履歴書を見た会社側から、離職後の空白期間が長い点を突かれるときつい。
バイト歴なら、盛りだくさんだけど」
と、自ちょう気味に笑った。
企業も危機感
内閣府は、フリーターを「パートやアルバイトとして働いているか、働く意志のある35歳未満の男女(学生と主婦を除く)」と定義する。
30歳代半ばになれば、定職に就くとの「常識」が前提となっている。
しかし、フリーターを年齢別でみると1998年までは20〜24歳がトップだったが、2001年は25〜29歳が上回った。フリーター基準に合致する35〜39歳も、2001年で10年前の4割増の46万人に達し、確実に高齢化」が進展している。
厚生労働省によると、2007年から三年間で団塊世代約五百万人が定年退職を迎える。このため、約6割の企業が「ものづくり力の継承」に危機感を抱いているとの調査もある。
フリーターの増加は、若年層が職業知識や技能を蓄積する機会を一段と減らすことにつながり、日本経済の競争力を削ぐ恐れも強まる。
シングルに変化
東京学芸大の山田昌弘教授は1990年代後半、「卒業後も親元に住み生活費を浮かせ、バイト収入だけで豊かに自由に暮らす若者」を[パラサイトシングル」と名付けた。しかし、最近は「リストラされたり、定年退職を迎えたりで親のスネが細り、生活の重みがパラサイトの両肩にのしかかってきた」と、変化を指摘する。
「結婚はしたい」「男が家計を支えるべきだ」という意識は若い世代にも根強く、不安定で低収入の男性フリーターは結婚相手としては敬遠されがち。
晩婚・非婚は一層の少子化を招きかねず、到来する「人口減少社会」の不安要素となっている。
山田教授は「バブル崩壊以降、高度な能力をもつ少数の中核労働者と使い捨ての単純労働者に分断され、将来に希望をもてる人ともてない人の断絶が進んだ。
努力しても無駄と絶望する層が膨らめば、社台秩序が揺らぎかねない」と警告する。
2005年01月09日
教授。それはトンチンカンです!
昨日のエントリー学力二極化63%「実感」の続編
1月9日の京都新聞の記事である。
学力の底上げ必要
日教組 教研集会 二極化踏まえ指摘
札幌市で開かれている日教組の教研集会で八日、学力問題のシンポジウムがあり、成績上位層と下位層の二極化が進んでいる実態を踏まえて、教育学者らが学力底上げの必要性を指摘した。
昨年十二月に公表された二つの国際学力調査で日本の子どもの学力が低下傾向にあることが分かったが、福田誠治都留文科大教授は「依然高い水準にあり、大騒ぎする必要はない。むしろ、子どもの学習意欲が低く、家庭での勉強時間も短いとのデータもあるのに、日本の学校は高い成果を挙げているといえる」と述べた。
これに対し志水宏吉大阪大教授は「学力のばらつきの小ささが従来の日本の特徴だったが、下位層が増えてきている」と反論。「経済的、文化的に恵まれない子の学力を引き上げていく必要がある」とした。
さらに「必要に応じて習熱度別指導や補充学習をしたり、子どもの集団づくりに力を入れたりしている」と報告した。
北海道の教員は「不況の中、両親が昼夜分かたず働いてやっと生計を立てているという家庭もある。一人で家に残される子は勉強に打ち込める状況にない」と話した。
この福田教授のあまりのトンチンカンにびっくり。
いくら平均とはいえ、試験は1回であるので、来年の調査で結果がよければそれでよいのだが、今回問題になっているのはそういうことではない。
私が受験生のとき、よく先生が言っていた。
「今からがんばっても、結果がでるのは半年先だぞ。」
子供の学力が低下傾向にあることが結果で、その原因が『子どもの学習意欲が低く、家庭での勉強時間も短い』ということなのだ。
つまりこの原因が解決されない限り、学力は低下し続けるということ。
大騒ぎしないといかんでしょ!
志水教授が『反論』と書いてあるので、多分白熱した議論というか、福田教授はだいぶ叩かれたのだろう。
驚くべき学識経験者である。
本日、京都駅前の近鉄百貨店の旭書店に行った。この書店は立ち読み用の椅子があって、インテリアや陳列も欧米の書店の雰囲気があり、私の一番好きな場所。
最近はAmazonで本を注文することが多いので、書店に行く回数は減ったのだが、いつも思うことがある。
『最近の若いものは本を読まない。』と言われて久しいが、書店にいるのは、圧倒的に20〜30代の若者が多い。間違いなく50%・・・もしかしたら60〜70%かもしれない。
若者が本を読むことが少なくなったのかもしれないが、本を読む中高年はもっと減っていると思うのだが?
そうしないと、「世界の中心で愛を叫ぶ」とか「電車男」がベストセラーに入ることが謎になる。
最近は「年寄りの言うことを聞く」「学識経験者の意見」などそのまま鵜呑みにしてはいけないとよく思う。
これでは子供の学力が低下するのもあたりまえかなあ。
1月9日の京都新聞の記事である。
学力の底上げ必要
日教組 教研集会 二極化踏まえ指摘
札幌市で開かれている日教組の教研集会で八日、学力問題のシンポジウムがあり、成績上位層と下位層の二極化が進んでいる実態を踏まえて、教育学者らが学力底上げの必要性を指摘した。
昨年十二月に公表された二つの国際学力調査で日本の子どもの学力が低下傾向にあることが分かったが、福田誠治都留文科大教授は「依然高い水準にあり、大騒ぎする必要はない。むしろ、子どもの学習意欲が低く、家庭での勉強時間も短いとのデータもあるのに、日本の学校は高い成果を挙げているといえる」と述べた。
これに対し志水宏吉大阪大教授は「学力のばらつきの小ささが従来の日本の特徴だったが、下位層が増えてきている」と反論。「経済的、文化的に恵まれない子の学力を引き上げていく必要がある」とした。
さらに「必要に応じて習熱度別指導や補充学習をしたり、子どもの集団づくりに力を入れたりしている」と報告した。
北海道の教員は「不況の中、両親が昼夜分かたず働いてやっと生計を立てているという家庭もある。一人で家に残される子は勉強に打ち込める状況にない」と話した。
この福田教授のあまりのトンチンカンにびっくり。
いくら平均とはいえ、試験は1回であるので、来年の調査で結果がよければそれでよいのだが、今回問題になっているのはそういうことではない。
私が受験生のとき、よく先生が言っていた。
「今からがんばっても、結果がでるのは半年先だぞ。」
子供の学力が低下傾向にあることが結果で、その原因が『子どもの学習意欲が低く、家庭での勉強時間も短い』ということなのだ。
つまりこの原因が解決されない限り、学力は低下し続けるということ。
大騒ぎしないといかんでしょ!
志水教授が『反論』と書いてあるので、多分白熱した議論というか、福田教授はだいぶ叩かれたのだろう。
驚くべき学識経験者である。
本日、京都駅前の近鉄百貨店の旭書店に行った。この書店は立ち読み用の椅子があって、インテリアや陳列も欧米の書店の雰囲気があり、私の一番好きな場所。
最近はAmazonで本を注文することが多いので、書店に行く回数は減ったのだが、いつも思うことがある。
『最近の若いものは本を読まない。』と言われて久しいが、書店にいるのは、圧倒的に20〜30代の若者が多い。間違いなく50%・・・もしかしたら60〜70%かもしれない。
若者が本を読むことが少なくなったのかもしれないが、本を読む中高年はもっと減っていると思うのだが?
そうしないと、「世界の中心で愛を叫ぶ」とか「電車男」がベストセラーに入ることが謎になる。
最近は「年寄りの言うことを聞く」「学識経験者の意見」などそのまま鵜呑みにしてはいけないとよく思う。
これでは子供の学力が低下するのもあたりまえかなあ。
2005年01月08日
性犯罪
性犯罪の再犯率は通常の刑法犯の再犯率(35.1%)よりかなり高い。
再犯率
強姦 49.6%
強制猥褻 41.1%
日本人はあっさりした民族である。
思考パターンが単純で、粘着質ではない。
いわゆる、「やったらできる」「済んだ事ははしかたがない」が口癖なのだ。
以前にエントリーしたこのアルコール依存症の記事にもあるように、犯罪は遺伝的、または根本的な人間性に起因するものもある。
性犯罪は、本当にお腹がすいて餓死寸前で、食べ物を失敬するといった意味合いとは全く別のものである。
性衝動は健康な男性であれば、誰にでもあり、それを理性の力が抑えている。その抑制力が先天的にない人間がいるわけなのだから、その人たちにいくらいって聞かせてみても更正の可能性は低い。
特に、子供に関する性犯罪を犯す人間はもはや、通常の社会生活を送ることは出来ない人格が形成されている。
奈良女児殺人事件の犯人も、「悪いことをしたと思っていない」と言っていると聞く。
もちろんこのような人物は、今までにも存在してきた。しかし、それは地域社会のなかで、強制的に更正さされていた。
つまり、傷害、殺人に至る前であれば、簡単に言えば地域の大人たちに「半殺し」にされて、「二度とこんなことをするな。」と周囲から暗黙の監視をされてきたのだ。
世界中で、性犯罪者のデータを公表したり、ICタグをつけたりする試みが始まっているが、またここで「プライバシー」の問題なのだ。
「プライバシー」(それも犯罪者の)と、前途のある子供の命や未来とどちらが大事なのだろうか?
私はそんな面倒なことはせず、とくに未成年に対し性犯罪を犯した者に関しては、体内にICチップを埋め込み、行動の記録をとっておくべきだと思う。
もはや「性善説」ではコントロールできない社会になっている。
やれば何でもできる?
「では、明日から毎日100キロ走って、次のオリンピックのマラソンで金メダルとってきてください。」
「そんな無茶な。」
「やったら何でもできるんでしょ。」
奈良女児殺人事件の犯人の父親も「困ってた。殺すわけにもいかんしな。」と言っている。
どうしようもない人間もいるのだから、それは別の次元の生物として考えないと。
これからこの犯人の裁判、更正にどれだけの税金がかかるのだろう?
再犯率
強姦 49.6%
強制猥褻 41.1%
日本人はあっさりした民族である。
思考パターンが単純で、粘着質ではない。
いわゆる、「やったらできる」「済んだ事ははしかたがない」が口癖なのだ。
以前にエントリーしたこのアルコール依存症の記事にもあるように、犯罪は遺伝的、または根本的な人間性に起因するものもある。
性犯罪は、本当にお腹がすいて餓死寸前で、食べ物を失敬するといった意味合いとは全く別のものである。
性衝動は健康な男性であれば、誰にでもあり、それを理性の力が抑えている。その抑制力が先天的にない人間がいるわけなのだから、その人たちにいくらいって聞かせてみても更正の可能性は低い。
特に、子供に関する性犯罪を犯す人間はもはや、通常の社会生活を送ることは出来ない人格が形成されている。
奈良女児殺人事件の犯人も、「悪いことをしたと思っていない」と言っていると聞く。
もちろんこのような人物は、今までにも存在してきた。しかし、それは地域社会のなかで、強制的に更正さされていた。
つまり、傷害、殺人に至る前であれば、簡単に言えば地域の大人たちに「半殺し」にされて、「二度とこんなことをするな。」と周囲から暗黙の監視をされてきたのだ。
世界中で、性犯罪者のデータを公表したり、ICタグをつけたりする試みが始まっているが、またここで「プライバシー」の問題なのだ。
「プライバシー」(それも犯罪者の)と、前途のある子供の命や未来とどちらが大事なのだろうか?
私はそんな面倒なことはせず、とくに未成年に対し性犯罪を犯した者に関しては、体内にICチップを埋め込み、行動の記録をとっておくべきだと思う。
もはや「性善説」ではコントロールできない社会になっている。
やれば何でもできる?
「では、明日から毎日100キロ走って、次のオリンピックのマラソンで金メダルとってきてください。」
「そんな無茶な。」
「やったら何でもできるんでしょ。」
奈良女児殺人事件の犯人の父親も「困ってた。殺すわけにもいかんしな。」と言っている。
どうしようもない人間もいるのだから、それは別の次元の生物として考えないと。
これからこの犯人の裁判、更正にどれだけの税金がかかるのだろう?
学力二極化63%「実感」
先日エントリーしたこの2つの記事
ゆとり教育の問題 希望格差社会を100%裏付ける調査結果がでた。
1月8日京都新聞の記事の全文を揚げておく。
小中学教員調査
学力二極化63%「実感」
成績下位の子ども指導多忙、余裕なく
子どもの学力低下が懸念される中、平均程度の学力の子が減り、上位層と下位層に二極化する傾向が進んでいると感じる小中学校の教員が63%に上ることが七日、札幌市で始まった日教組の教育研究全国集会参加者を対象にした共同通信社のアンケートで分かった。
原因として、教員が多忙になって授業についていけない子を指導する余裕がなくなったことや、親の経済力の二極化を挙げた。塾通いを含めた学校外の教育に費用をかけられるかどうかで差がつき、学校だけではカバーできなくなっているとみられ、教員たちが苦慮している実態が浮かび上がった。
調査は昨年十二月、教研に参加する二百人に質問票を郵送、百十一人が回答した。
学力低下は69%が「感じる」と回答。原因は「授業時間数の減少」が最も多く27%で、「家庭での学習習慣がなくなった」の23%、「教科内容の削減」の20%が続いた。
学力の二極化を感じると答えた教員に原因を尋ねたところ「授業についていけない子の面倒をみる余裕が教員になくなった」が30%で最多。次いで「親の経済力が二極化している」26%、「勉強に対する親の考え方が二極化している」23%の順だった。
子どもの学習意欲の低下を「感じる」.と答えたのは56%。そのうち過半数の58%が「社会が豊かになって勉強への動機づけが弱くなった」ことを理由に挙げた。
「ゆとり」を重視した現行学習指導要領には、60%が早急な見直しを求めた。見直すべき点は複数回答で「総合学習を減らす」41%、「教科の授業時間数を増やす」30%、「教科の内容を増やす」15%の順で、総合学習が教科の学習を圧迫しているとみる教員が多い。
ゆとり教育の問題 希望格差社会を100%裏付ける調査結果がでた。
1月8日京都新聞の記事の全文を揚げておく。
小中学教員調査
学力二極化63%「実感」
成績下位の子ども指導多忙、余裕なく
子どもの学力低下が懸念される中、平均程度の学力の子が減り、上位層と下位層に二極化する傾向が進んでいると感じる小中学校の教員が63%に上ることが七日、札幌市で始まった日教組の教育研究全国集会参加者を対象にした共同通信社のアンケートで分かった。
原因として、教員が多忙になって授業についていけない子を指導する余裕がなくなったことや、親の経済力の二極化を挙げた。塾通いを含めた学校外の教育に費用をかけられるかどうかで差がつき、学校だけではカバーできなくなっているとみられ、教員たちが苦慮している実態が浮かび上がった。
調査は昨年十二月、教研に参加する二百人に質問票を郵送、百十一人が回答した。
学力低下は69%が「感じる」と回答。原因は「授業時間数の減少」が最も多く27%で、「家庭での学習習慣がなくなった」の23%、「教科内容の削減」の20%が続いた。
学力の二極化を感じると答えた教員に原因を尋ねたところ「授業についていけない子の面倒をみる余裕が教員になくなった」が30%で最多。次いで「親の経済力が二極化している」26%、「勉強に対する親の考え方が二極化している」23%の順だった。
子どもの学習意欲の低下を「感じる」.と答えたのは56%。そのうち過半数の58%が「社会が豊かになって勉強への動機づけが弱くなった」ことを理由に挙げた。
「ゆとり」を重視した現行学習指導要領には、60%が早急な見直しを求めた。見直すべき点は複数回答で「総合学習を減らす」41%、「教科の授業時間数を増やす」30%、「教科の内容を増やす」15%の順で、総合学習が教科の学習を圧迫しているとみる教員が多い。
2004年12月19日
ゆとり教育の問題
今11歳の娘が小学校1年のとき、
「九九を誰より最初に憶えろ。」
と言ったら、周囲からごうごうと非難を浴びた。
勝海舟の不遇の時代、勝を慕い杉純道という人が弟子入りした。
しばらくして、いい気になっていた杉は、
「先生。いやぁ。学問は本当に楽しいですねー。」
と言った。それを聞いていた勝は、
「そうかい。おいらは学問はやだね。真剣の学問なんて楽しいはずがねえよ。
楽しいことがいいのだったら、おいらは芝居でも見に行くよ。」
と答え、杉は黙り込んでしまった。
長くなるので、全ては書かないが、勝は貧乏なとき、フーヘランドの辞書を借りてきて、自分のために1冊全部書き写しオランダ語の単語を覚えた。そしてもう一冊書き写し、それを売って他の書物を買った。
勉強の第一歩は詰め込みである。
単語を覚えなければ外国語はしゃべれない。九九を憶えなければ計算は出来ない。
当たり前の話である。
学歴偏重で何が問題かというと、学歴だけで人間を判断することに問題があるのであって、学歴自体に問題があるわけではない。
真剣に勉強したという証拠なのだから。
共通一次が導入されたとき言われていたのは、東大、京大などの入試には難問、奇問が多いということであった。
しかし、日本のトップの大学なのだ。難問奇問が出題されて、何が悪いのだろう?
今回、小学生の学力低下が問題になっているが当たり前の話しだ。
1.学習内容を30%削減
当然学力は30%落ちるでしょう。
2.総合学習を導入
総合的に教える能力を持った教師が必要なのに、今そんな教師が何人います?
3.学習時間の14%削減
勉強しないのだったら、学校に行かなければよいのに。
今回の調査内容で、私が一番問題だと思ったのは、勉強を楽しいと思っている子供たちの比率が他の国に比べて低いということだ。
いつのまにか、大学に行くことが当たり前のようになってしまったが、それが原因なのだ。
目標がない勉強は苦痛である。
日本の高度成長を支えてきた大きな原動力は、質の良い労働者だった。
いわゆる「腕の良い職人さん」なのである。
やりたくない勉強をしなくても、最低限の「読み書きそろばん」をしっかり身につけ、自分が打ち込める道の勉強をつづけていく。
これが本当の生涯学習。
たまに日曜日にどこかのカルチャー教室に行くことではない。それは趣味に過ぎない。
たとえ、中学しか出ていなくても、そのエキスパートになれば、何のとりえもなく大学を出ただけのサラリーマンよりも、はるかに高い収入を得ている職人さんはたくさんいる。
今、首都圏で、年収500万ほどの開業歯科医もそう珍しくないらしい。
「九九を誰より最初に憶えろ。」
と言ったら、周囲からごうごうと非難を浴びた。
勝海舟の不遇の時代、勝を慕い杉純道という人が弟子入りした。
しばらくして、いい気になっていた杉は、
「先生。いやぁ。学問は本当に楽しいですねー。」
と言った。それを聞いていた勝は、
「そうかい。おいらは学問はやだね。真剣の学問なんて楽しいはずがねえよ。
楽しいことがいいのだったら、おいらは芝居でも見に行くよ。」
と答え、杉は黙り込んでしまった。
長くなるので、全ては書かないが、勝は貧乏なとき、フーヘランドの辞書を借りてきて、自分のために1冊全部書き写しオランダ語の単語を覚えた。そしてもう一冊書き写し、それを売って他の書物を買った。
勉強の第一歩は詰め込みである。
単語を覚えなければ外国語はしゃべれない。九九を憶えなければ計算は出来ない。
当たり前の話である。
学歴偏重で何が問題かというと、学歴だけで人間を判断することに問題があるのであって、学歴自体に問題があるわけではない。
真剣に勉強したという証拠なのだから。
共通一次が導入されたとき言われていたのは、東大、京大などの入試には難問、奇問が多いということであった。
しかし、日本のトップの大学なのだ。難問奇問が出題されて、何が悪いのだろう?
今回、小学生の学力低下が問題になっているが当たり前の話しだ。
1.学習内容を30%削減
当然学力は30%落ちるでしょう。
2.総合学習を導入
総合的に教える能力を持った教師が必要なのに、今そんな教師が何人います?
3.学習時間の14%削減
勉強しないのだったら、学校に行かなければよいのに。
今回の調査内容で、私が一番問題だと思ったのは、勉強を楽しいと思っている子供たちの比率が他の国に比べて低いということだ。
いつのまにか、大学に行くことが当たり前のようになってしまったが、それが原因なのだ。
目標がない勉強は苦痛である。
日本の高度成長を支えてきた大きな原動力は、質の良い労働者だった。
いわゆる「腕の良い職人さん」なのである。
やりたくない勉強をしなくても、最低限の「読み書きそろばん」をしっかり身につけ、自分が打ち込める道の勉強をつづけていく。
これが本当の生涯学習。
たまに日曜日にどこかのカルチャー教室に行くことではない。それは趣味に過ぎない。
たとえ、中学しか出ていなくても、そのエキスパートになれば、何のとりえもなく大学を出ただけのサラリーマンよりも、はるかに高い収入を得ている職人さんはたくさんいる。
今、首都圏で、年収500万ほどの開業歯科医もそう珍しくないらしい。
2004年12月04日
子供に殴られる親
私は大学時代、日本拳法部に所属していた。
4年生の時には主将だった・・・と言っても、4年生の部員は2人だったので大したことではないが。
その理由(2人の)は、この武道はあまりにも激しすぎるのである。
まず、裾、袖の長い柔道着のようなものを着る。金的の部分にガードをつける。腹には薄いマットを巻いて、その上に剣道の胴をつけ、剣道の面の垂れのないもの、それも2倍ほど頑丈な面を、頭にタオルを巻いて、顎の下にもう一枚タオルを当て紐でぐるぐる巻きに縛る。
手には、バンテージを巻き、グローブを付ける。
準備完了。
正式な試合はリングで行われる。「カーン」ゴングで試合開始。3分3本勝負。
何でもありである。
面と胴を殴る、蹴る。拳法シューズと言うものを履いてもよい。
投げる・・・投げただけでは一本にはならない。そこで動きを制し、胴か面にきれいに打撃か蹴りを決めなくてはならない。
腕ひしぎ逆十字でも一本(これは実際にきめられると本当に痛い)
胸から上に持ち上げても一本。
もちろん、立っているときの攻撃はフルコンタクト。空撃ではない。
胴を蹴られそうなときは、腕で防御をする。このため1年生の時の腕は赤、青、黄のあざと内出血で信号機のようになる。(不思議なことに1年たつと、いくら蹴られても内出血しなくなる。)
いくら防具を付けているとはいえ、失神することもある。
まあ、10Kgの防具を付けてK-1をやっているようなものである。
単位時間当たりのしんどさは他のスポーツの比ではない。
新入生は入部して、3ヶ月みっちりとランニングなどの基礎トレーニングをして、初めて防具をつけ練習をするが、1週間ほどは3分間立っていることが出来ない。
それほどハードである。
その時、直接の指導は3年生に受けることが多い。
とにかくボコボコにされる。絶対に勝てない。
歯学部は6年制なのだが、運動部の現役は4年生までである。
5年生以上は歯学部同士の試合以外には出場できないからである。
5年生になると練習には行きたいときにいけばよく、OBと呼ばれる。
もちろん、ほとんどは4年間でイヤになっているので、よっぽど変わった先輩以外はほとんど練習には来なくなる。
そこで、私が4年生のとき・・・首周りは42cm、胸囲108cm、ふつうのズボンはそのままでは履けない。太ももで止まってしまう。(スクワット1000回が苦ではなかった。)ウエスト88cmぐらいのズボンのウエストを母親に10cmほどつめてもらっていた。もちろん学生時代にはジーンズは履けなかった。
歯学部なので、授業は5時までビッチリとある。それから練習をして、食事をして帰ると午後9時。そこからレポートを書いて、実習をして、寝るのは午前2〜3時になる。
体力はバリバリである。疲れると言うことは無かった。
話が長くなったが、本題はここから。
主将の私。ひょっこり6年生が道場にやってくる。
「オイ。丸岡。やろか?」
試合である。「はじめ!」
勝てないのだ。絶対に!
引退して2年たっている。大学生なので酒、タバコ、不摂生で体力はかなり落ちている。また、もともとそんなに強い先輩でもないのにである。
なぜか?
私が1年生のとき、この先輩は3年生。
とにかくその当時、手も足も出ずボコボコにされた記憶が無意識によみがえり、体が前に出ない。勝てる気がしないのである。
これは、千代の富士もよくやった。伸び盛りで強敵になりそうな力士と稽古をする機会があったら、とことん苛め抜いた。これは決して愛のムチではない。稽古場で立てなくなるまで投げられたら、本場所の土俵でも勝てなくなるのだ。
そう、言わんとすることは、
子供に殴られたくなかったら、小さいころに殴っておかなければならないということ。
最近、教師が生徒を殴り、鼓膜を破ったりするが、あれは自分が殴られたことも無く、殴ったこともないから、正しい殴り方を知らないのである。
私が両親にひっぱたかれた時のことを思いだすと、手をうまく振り抜いて、見事に頬をクリーンヒットしていたように思う。ここは音がよく出て、傷など作らず、精神的にもこたえる場所だ。
また、ひっぱたかれることがわかっていても、下手によけたりしなかった。
必要な時は、正しい殴り方、殴られ方を教えておくことも重要でしょう。
4年生の時には主将だった・・・と言っても、4年生の部員は2人だったので大したことではないが。
その理由(2人の)は、この武道はあまりにも激しすぎるのである。
まず、裾、袖の長い柔道着のようなものを着る。金的の部分にガードをつける。腹には薄いマットを巻いて、その上に剣道の胴をつけ、剣道の面の垂れのないもの、それも2倍ほど頑丈な面を、頭にタオルを巻いて、顎の下にもう一枚タオルを当て紐でぐるぐる巻きに縛る。
手には、バンテージを巻き、グローブを付ける。
準備完了。
正式な試合はリングで行われる。「カーン」ゴングで試合開始。3分3本勝負。
何でもありである。
面と胴を殴る、蹴る。拳法シューズと言うものを履いてもよい。
投げる・・・投げただけでは一本にはならない。そこで動きを制し、胴か面にきれいに打撃か蹴りを決めなくてはならない。
腕ひしぎ逆十字でも一本(これは実際にきめられると本当に痛い)
胸から上に持ち上げても一本。
もちろん、立っているときの攻撃はフルコンタクト。空撃ではない。
胴を蹴られそうなときは、腕で防御をする。このため1年生の時の腕は赤、青、黄のあざと内出血で信号機のようになる。(不思議なことに1年たつと、いくら蹴られても内出血しなくなる。)
いくら防具を付けているとはいえ、失神することもある。
まあ、10Kgの防具を付けてK-1をやっているようなものである。
単位時間当たりのしんどさは他のスポーツの比ではない。
新入生は入部して、3ヶ月みっちりとランニングなどの基礎トレーニングをして、初めて防具をつけ練習をするが、1週間ほどは3分間立っていることが出来ない。
それほどハードである。
その時、直接の指導は3年生に受けることが多い。
とにかくボコボコにされる。絶対に勝てない。
歯学部は6年制なのだが、運動部の現役は4年生までである。
5年生以上は歯学部同士の試合以外には出場できないからである。
5年生になると練習には行きたいときにいけばよく、OBと呼ばれる。
もちろん、ほとんどは4年間でイヤになっているので、よっぽど変わった先輩以外はほとんど練習には来なくなる。
そこで、私が4年生のとき・・・首周りは42cm、胸囲108cm、ふつうのズボンはそのままでは履けない。太ももで止まってしまう。(スクワット1000回が苦ではなかった。)ウエスト88cmぐらいのズボンのウエストを母親に10cmほどつめてもらっていた。もちろん学生時代にはジーンズは履けなかった。
歯学部なので、授業は5時までビッチリとある。それから練習をして、食事をして帰ると午後9時。そこからレポートを書いて、実習をして、寝るのは午前2〜3時になる。
体力はバリバリである。疲れると言うことは無かった。
話が長くなったが、本題はここから。
主将の私。ひょっこり6年生が道場にやってくる。
「オイ。丸岡。やろか?」
試合である。「はじめ!」
勝てないのだ。絶対に!
引退して2年たっている。大学生なので酒、タバコ、不摂生で体力はかなり落ちている。また、もともとそんなに強い先輩でもないのにである。
なぜか?
私が1年生のとき、この先輩は3年生。
とにかくその当時、手も足も出ずボコボコにされた記憶が無意識によみがえり、体が前に出ない。勝てる気がしないのである。
これは、千代の富士もよくやった。伸び盛りで強敵になりそうな力士と稽古をする機会があったら、とことん苛め抜いた。これは決して愛のムチではない。稽古場で立てなくなるまで投げられたら、本場所の土俵でも勝てなくなるのだ。
そう、言わんとすることは、
子供に殴られたくなかったら、小さいころに殴っておかなければならないということ。
最近、教師が生徒を殴り、鼓膜を破ったりするが、あれは自分が殴られたことも無く、殴ったこともないから、正しい殴り方を知らないのである。
私が両親にひっぱたかれた時のことを思いだすと、手をうまく振り抜いて、見事に頬をクリーンヒットしていたように思う。ここは音がよく出て、傷など作らず、精神的にもこたえる場所だ。
また、ひっぱたかれることがわかっていても、下手によけたりしなかった。
必要な時は、正しい殴り方、殴られ方を教えておくことも重要でしょう。
2004年11月27日
NEET問題
現在午後11時。
明日の仕事に備え、もう寝るつもりなのですが(多分こんなことは3年ぶりかもしれない)、我慢できなくて書きます。
問題のNEET達、現在50万人と言う統計だが、実際はその倍の100万人でしょう。
この子たちは、生まれたときからこういう運命を背負っていたのでは決して無い。
きちんと育てられたら、こういうふうにはならなかった。
学校にも行かず、仕事もしないええ若いもんを10年間も家に置いておいて養う親?いったい何を考えているんだろう?
躾の問題は3代さかのぼらないといけない。つまり、この親200万人、その親400万人、合計700万人がどうしようもない人たちだと言うこと。
私の子供達には、小学生1年生の時から自分の進むべき道を選択させている。
大学に行くのもよし、中学校を卒業して働くのもよし、とにかく自分のやりたい道を探せと言っている。
今のところは息子も、娘も大学に行きたいと言っている。
「じゃあ、何をせんといかんかわかってるな?」と言うと、
二人とも「わかってる」と答える。
これが当たり前ではないか?
子供達だけがおかしくなっているのではないのだ。
その親、祖父母がおかしいのだ。
今、日本に必要なもの!
それは徴兵制だと思う。
親が子供の躾を出来ないのだから、軍隊に入れて、「長幼の序」「規律に従う」「規則正しい生活」「勤勉」この社会の原則を体で覚えさせるしかない。
野坂 昭如の小説に「オペレーションノア」があるが、今から20年以上前に読んで、極論だなとその時は思った。
しかし、今はそれをやらないと(学校に教練の士官を置くなど)もはや社会の秩序が成り立たない。
親ができないんだから、誰かが変わってやらなければしかたがない。
今回殺された親が二人とも学校の教師だったケースもあった。
自分の子供に殺されるような教師がまともな教育者と言えるのだろうか?
先生と呼ばれるヤツにろくなヤツはいない。(アッ!私もそうか)
この「師」の問題も加算すると、悲しいことに今の日本の人口の1割近くはどうしようもない人達と言えるのではないのか?
今年になって、私の病院に来る20才台の患者様で職業欄に「フリーター」と堂々と記載する若者達が異常に多くなった。
「フリーター」は職業ではない。
これなら、まだ丸文字で「みずしょうばい」と書くほうがよっぽどましだ。
水商売にはそれなりのプライドが感じられる。
明日の仕事に備え、もう寝るつもりなのですが(多分こんなことは3年ぶりかもしれない)、我慢できなくて書きます。
問題のNEET達、現在50万人と言う統計だが、実際はその倍の100万人でしょう。
この子たちは、生まれたときからこういう運命を背負っていたのでは決して無い。
きちんと育てられたら、こういうふうにはならなかった。
学校にも行かず、仕事もしないええ若いもんを10年間も家に置いておいて養う親?いったい何を考えているんだろう?
躾の問題は3代さかのぼらないといけない。つまり、この親200万人、その親400万人、合計700万人がどうしようもない人たちだと言うこと。
私の子供達には、小学生1年生の時から自分の進むべき道を選択させている。
大学に行くのもよし、中学校を卒業して働くのもよし、とにかく自分のやりたい道を探せと言っている。
今のところは息子も、娘も大学に行きたいと言っている。
「じゃあ、何をせんといかんかわかってるな?」と言うと、
二人とも「わかってる」と答える。
これが当たり前ではないか?
子供達だけがおかしくなっているのではないのだ。
その親、祖父母がおかしいのだ。
今、日本に必要なもの!
それは徴兵制だと思う。
親が子供の躾を出来ないのだから、軍隊に入れて、「長幼の序」「規律に従う」「規則正しい生活」「勤勉」この社会の原則を体で覚えさせるしかない。
野坂 昭如の小説に「オペレーションノア」があるが、今から20年以上前に読んで、極論だなとその時は思った。
しかし、今はそれをやらないと(学校に教練の士官を置くなど)もはや社会の秩序が成り立たない。
親ができないんだから、誰かが変わってやらなければしかたがない。
今回殺された親が二人とも学校の教師だったケースもあった。
自分の子供に殺されるような教師がまともな教育者と言えるのだろうか?
先生と呼ばれるヤツにろくなヤツはいない。(アッ!私もそうか)
この「師」の問題も加算すると、悲しいことに今の日本の人口の1割近くはどうしようもない人達と言えるのではないのか?
今年になって、私の病院に来る20才台の患者様で職業欄に「フリーター」と堂々と記載する若者達が異常に多くなった。
「フリーター」は職業ではない。
これなら、まだ丸文字で「みずしょうばい」と書くほうがよっぽどましだ。
水商売にはそれなりのプライドが感じられる。
2004年11月13日
人生の楽園
テレビ番組に「人生の楽園」と言うのがある。
都会をはなれて、の〜んびりと・・・というヤツである。
ほとんどが農業、小さな料理屋、民宿など。
今日のご家族は「山の自給自足家族」というもの。
タイで知り合い、結婚した男女が、山岳民族のカレン族の循環農法を学んでいたが、子供の教育のために日本に帰り、長野の山奥で生活をしている風景。
ちょっと待てよ。これは本当に自給自足か?
最近、ご主人は現金収入を得るために、近所の手伝いをして月に10万円ほどを手にしている。
しかし、奥さんと子供3人の扶養家族。所得税はたぶん0円。
今、学校に行っている子供は1人だが、そのうち3人が就学する。義務教育は無料だ。通学は学校のバスで30分かかる。これは税金でまかなわれる。
また、月に一度役場の巡回図書館の車がやってくる。何冊借りてもよい。これも税金。
これ以上書くと過激になるのでやめておきますが、自給自足というのは、すべてを自分たちでまかなうことを意味するのではないだろうか?
「都会にはすめない。」「のんびりと、子供の教育にもしっかり関わっていきたい。」「自然を大事に。」etc.
確かに、それはご自由ですよ・・・
何かこういう番組をみていると、ほとんどの論調は、
「都会であくせく働くより、こういう生活が地に足がついていて、自然を大事にしていて、家族の絆があって・・・」
何か、必死で働いているのがバカらしい。
しかし現実にみんながこうなったらどうするのだろう?
高齢化社会になっているのだ。誰が日本を支えていくのか?
バブルのころ時短、時短とよく言われた。
しかし私はいつも言っていた。
「日本は土地も狭いし、資源も無い貧乏な国なんや。今までみんな必死で働いてきたから豊かになれたんや。こんなことやってたら日本はつぶれてしまう。」
そのころ、学校を卒業したばかりのスタッフは「専業主婦になりたい。」とよくいっていたので、
「何いうとるんや。中国見てみ。なんで屋台が多くて、値段が安いかしってるか?ほとんどが共稼ぎやからそのためにみんな屋台で手軽に安い食事ですませるんや。男も女も懸命に働いている。そのうち日本は中国に負ける。」
10年以上前の中国人の患者様は、ほとんどが、不法滞在すれすれの若い人か、生活保護を受けている残留孤児の人だった。
しかし今年になって来院された中国人の方は、立命館大学、同志社大学への留学生。そしてインターネットで検索をして治療を受けにこられた。それも「ホワイトニングをしたい。」「インプラントをしたい。」とのことだった。
また、日本語も全く問題なく、育ちもよく、礼儀もきちんとされている。
多分、親は中国では桁違いの成功者なのだろう。
戦後50年で日本人が忘れたもの。
「勤勉。辛抱。分相応」
都会をはなれて、の〜んびりと・・・というヤツである。
ほとんどが農業、小さな料理屋、民宿など。
今日のご家族は「山の自給自足家族」というもの。
タイで知り合い、結婚した男女が、山岳民族のカレン族の循環農法を学んでいたが、子供の教育のために日本に帰り、長野の山奥で生活をしている風景。
ちょっと待てよ。これは本当に自給自足か?
最近、ご主人は現金収入を得るために、近所の手伝いをして月に10万円ほどを手にしている。
しかし、奥さんと子供3人の扶養家族。所得税はたぶん0円。
今、学校に行っている子供は1人だが、そのうち3人が就学する。義務教育は無料だ。通学は学校のバスで30分かかる。これは税金でまかなわれる。
また、月に一度役場の巡回図書館の車がやってくる。何冊借りてもよい。これも税金。
これ以上書くと過激になるのでやめておきますが、自給自足というのは、すべてを自分たちでまかなうことを意味するのではないだろうか?
「都会にはすめない。」「のんびりと、子供の教育にもしっかり関わっていきたい。」「自然を大事に。」etc.
確かに、それはご自由ですよ・・・
何かこういう番組をみていると、ほとんどの論調は、
「都会であくせく働くより、こういう生活が地に足がついていて、自然を大事にしていて、家族の絆があって・・・」
何か、必死で働いているのがバカらしい。
しかし現実にみんながこうなったらどうするのだろう?
高齢化社会になっているのだ。誰が日本を支えていくのか?
バブルのころ時短、時短とよく言われた。
しかし私はいつも言っていた。
「日本は土地も狭いし、資源も無い貧乏な国なんや。今までみんな必死で働いてきたから豊かになれたんや。こんなことやってたら日本はつぶれてしまう。」
そのころ、学校を卒業したばかりのスタッフは「専業主婦になりたい。」とよくいっていたので、
「何いうとるんや。中国見てみ。なんで屋台が多くて、値段が安いかしってるか?ほとんどが共稼ぎやからそのためにみんな屋台で手軽に安い食事ですませるんや。男も女も懸命に働いている。そのうち日本は中国に負ける。」
10年以上前の中国人の患者様は、ほとんどが、不法滞在すれすれの若い人か、生活保護を受けている残留孤児の人だった。
しかし今年になって来院された中国人の方は、立命館大学、同志社大学への留学生。そしてインターネットで検索をして治療を受けにこられた。それも「ホワイトニングをしたい。」「インプラントをしたい。」とのことだった。
また、日本語も全く問題なく、育ちもよく、礼儀もきちんとされている。
多分、親は中国では桁違いの成功者なのだろう。
戦後50年で日本人が忘れたもの。
「勤勉。辛抱。分相応」
2004年11月11日
すごいものを見つけた。
State Avg.IQ 2004
1 Connecticut 113 Kerry
2 Massachusetts 111 Kerry
3 New Jersey 111 Kerry
4 New York 109 Kerry
5 Rhode Island 107 Kerry
6 Hawaii 106 Kerry
7 Maryland 105 Kerry
8 New Hampshire 105 Kerry
9 Illinois 104 Kerry
10 Delaware 103 Kerry
11 Minnesota 102 Kerry
12 Vermont 102 Kerry
13 Washington 102 Kerry
14 California 101 Kerry
15 Pennsylvania 101 Kerry
16 Maine 100 Kerry
17 Virginia 100 Bush
18 Wisconsin 100 Kerry
19 Colorado 99 Bush
20 Iowa 99 Bush
21 Michigan 99 Kerry
22 Nevada 99 Bush
23 Ohio 99 Bush
24 Oregon 99 Kerry
25 Alaska 98 Bush
26 Florida 98 Bush
27 Missouri 98 Bush
28 Kansas 96 Bush
29 Nebraska 95 Bush
30 Arizona 94 Bush
31 Indiana 94 Bush
32 Tennessee 94 Bush
33 North Carolina 93 Bush
34 West Virginia 93 Bush
35 Arkansas 92 Bush
36 Georgia 92 Bush
37 Kentucky 92 Bush
38 New Mexico 92 Bush
39 North Dakota 92 Bush
40 Texas 92 Bush
41 Alabama 90 Bush
42 Louisiana 90 Bush
43 Montana 90 Bush
44 Oklahoma 90 Bush
45 South Dakota 90 Bush
46 South Carolina 89 Bush
47 Wyoming 89 Bush
48 Idaho 87 Bush
49 Utah 87 Bush
50 Mississippi 85 Bush
これはアメリカの各州の平均知能指数と、今回の大統領選挙でブッシュとケリーのどちらが勝ったかを表にしたものなのだが・・・
すごい結果だと思う。
私が知能指数について教育を受けたのは、25年前になる。
その時は、知能指数の平均は100で、これは新聞の内容がほとんど理解できるレベルで、80以下のIQではあまり理解できないと教わった。
ミシシッピ州の平均IQが85というのはさすがに驚いた。
アメリカでは,国家が分裂する恐れもあると心配されているが、それは政治的な分裂ではないと思う。
私は15年前から、「これからは真ん中が無くなる時代が来る。上か下かどちらかに分かれてしまう。」と言ってきたが、まさしくこれを象徴した結果だと思う。
まさしくバカブッシュと・・・としか思えない。
ここで困るのは、2分といっても単純に数字的に1/2ではないということ。
色々な構成をグラフにした場合、やはりボトムは広く、トップは点に集約される三角形を描く。
仮に、バカと利口の構成比をグラフにしたら正三角形になったとしよう。その三角形の高さの1/2で分割すると、その分割線の下のボリュームは75%を占めることになる。
民主主義の原則は多数決なのだが、これからの時代は、それでよい方向に向かえるのだろうか?
今、ファルージャで大規模な戦闘が行われている。ファルージャが制圧されたら本当にイラクの治安を維持できると本当に思っているのだろうか?
全くの逆だと思う。
イソップ物語「北風と太陽」
ある日、北風と太陽が力比べをすることになりました。
「よし、あそこを旅人が歩いている。あの旅人のコートを脱がせたほうを勝ちとしよう。」
まず北風から。ビュウビュウと風を吹かせますが、旅人はコートの首元をぎゅっと抑えてしまいます。そこで北風はもっと風を吹かせます。しかし旅人は岩陰に隠れ、風に耐えます。
北風はもう息が持ちません。
「ダメだ。」
次は太陽の番。ニコニコと笑っています。
そして、暖かな日差しを旅人に降り注ぎます。
すっかり安心した旅人は、
「なんと暖かい日差しだ。コートを脱いで一休みしよう。」
1 Connecticut 113 Kerry
2 Massachusetts 111 Kerry
3 New Jersey 111 Kerry
4 New York 109 Kerry
5 Rhode Island 107 Kerry
6 Hawaii 106 Kerry
7 Maryland 105 Kerry
8 New Hampshire 105 Kerry
9 Illinois 104 Kerry
10 Delaware 103 Kerry
11 Minnesota 102 Kerry
12 Vermont 102 Kerry
13 Washington 102 Kerry
14 California 101 Kerry
15 Pennsylvania 101 Kerry
16 Maine 100 Kerry
17 Virginia 100 Bush
18 Wisconsin 100 Kerry
19 Colorado 99 Bush
20 Iowa 99 Bush
21 Michigan 99 Kerry
22 Nevada 99 Bush
23 Ohio 99 Bush
24 Oregon 99 Kerry
25 Alaska 98 Bush
26 Florida 98 Bush
27 Missouri 98 Bush
28 Kansas 96 Bush
29 Nebraska 95 Bush
30 Arizona 94 Bush
31 Indiana 94 Bush
32 Tennessee 94 Bush
33 North Carolina 93 Bush
34 West Virginia 93 Bush
35 Arkansas 92 Bush
36 Georgia 92 Bush
37 Kentucky 92 Bush
38 New Mexico 92 Bush
39 North Dakota 92 Bush
40 Texas 92 Bush
41 Alabama 90 Bush
42 Louisiana 90 Bush
43 Montana 90 Bush
44 Oklahoma 90 Bush
45 South Dakota 90 Bush
46 South Carolina 89 Bush
47 Wyoming 89 Bush
48 Idaho 87 Bush
49 Utah 87 Bush
50 Mississippi 85 Bush
これはアメリカの各州の平均知能指数と、今回の大統領選挙でブッシュとケリーのどちらが勝ったかを表にしたものなのだが・・・
すごい結果だと思う。
私が知能指数について教育を受けたのは、25年前になる。
その時は、知能指数の平均は100で、これは新聞の内容がほとんど理解できるレベルで、80以下のIQではあまり理解できないと教わった。
ミシシッピ州の平均IQが85というのはさすがに驚いた。
アメリカでは,国家が分裂する恐れもあると心配されているが、それは政治的な分裂ではないと思う。
私は15年前から、「これからは真ん中が無くなる時代が来る。上か下かどちらかに分かれてしまう。」と言ってきたが、まさしくこれを象徴した結果だと思う。
まさしくバカブッシュと・・・としか思えない。
ここで困るのは、2分といっても単純に数字的に1/2ではないということ。
色々な構成をグラフにした場合、やはりボトムは広く、トップは点に集約される三角形を描く。
仮に、バカと利口の構成比をグラフにしたら正三角形になったとしよう。その三角形の高さの1/2で分割すると、その分割線の下のボリュームは75%を占めることになる。
民主主義の原則は多数決なのだが、これからの時代は、それでよい方向に向かえるのだろうか?
今、ファルージャで大規模な戦闘が行われている。ファルージャが制圧されたら本当にイラクの治安を維持できると本当に思っているのだろうか?
全くの逆だと思う。
イソップ物語「北風と太陽」
ある日、北風と太陽が力比べをすることになりました。
「よし、あそこを旅人が歩いている。あの旅人のコートを脱がせたほうを勝ちとしよう。」
まず北風から。ビュウビュウと風を吹かせますが、旅人はコートの首元をぎゅっと抑えてしまいます。そこで北風はもっと風を吹かせます。しかし旅人は岩陰に隠れ、風に耐えます。
北風はもう息が持ちません。
「ダメだ。」
次は太陽の番。ニコニコと笑っています。
そして、暖かな日差しを旅人に降り注ぎます。
すっかり安心した旅人は、
「なんと暖かい日差しだ。コートを脱いで一休みしよう。」


