2007年06月03日

藤山寛美さんの思い出と芸人

 
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私が小学生のころは、日曜日の昼食が終ったあと、家族全員でよく「松竹新喜劇」を見ていました。
藤山寛美さん演じる丁稚さんなどは今でもよく憶えています。
「夜明けのスモッグ」「難波の鯉の物語」など演目もよく憶えています。
小学生が見てもメリハリがあり、とても面白かったと思います。

ご存知のように藤山寛美さんは破天荒な芸人でした。
多額の借金を抱えましたが、それは「遊ばん芸人は花が無うなる」という母親の一家言を守り、夜の町を金に糸目をつけず豪遊したためでした。
知人に騙された巨額の負債もあったようです。
1966年には当時の金額で1億8000万円の負債を抱えて自己破産をしましたが、知人に騙された巨額の負債について、「アホをやっておりますが、わてのアホはどうやら本物らしゅうおます」と言い、恨み言一つも言いませんでした。
それから紆余曲折を経て、20年間にわたり一日も休まず舞台に立ち続け、大阪万博にすら行けなかったと言う逸話も残っていますが、ちなみに上記の借金は19年目に完済されました。

一度藤山寛美さんのドキュメンタリーを見たことがあります。
稽古中の藤山寛美さんは鬼気迫るものがあり、楽屋で寝泊りする風景など、子供心にもすごいなーと感じたものです。

「それわやなぁ」という台詞がうまく言えない劇団員に、その一言のみを延々と繰り返させていたシーンがありました。

「お前は、何でそんなんができんのや。『指輪やなぁ』ちゅうてみぃ。」
「ゆびわやなぁ。」
「それで、『それわやなぁ』ちゅうてみぃ」
「それわやなぁ。」
「そうや!それが大阪弁や。わかったんかい。このアホ!」

すごいこだわりでした。

先週でしたか、関西の芸人(?)と女優(?)の結婚披露宴の様子がゴールデンタイムにそれも2時間も放送されていました。
(このお二人については言及する価値もないと思いますので、名前も書きません。)
一体こんなもの誰が見るのだろうと思っていましたら、この番組の関西での視聴率が40%だったと聞いて、驚いてしまいました。
世も末だ。

上記の藤山寛美さんのドキュメンタリーのなかで、寛美さんのこんな言葉をいまだに覚えています。

「ええか、芝居を観にきてくれるお客さんは普通の人や。普通の人が普通の芝居を観て何が面白い?」

このところ、芸能人の襲名披露のご祝儀が税務調査の標的になっています。
税務署は年によって重点的に調査をする業種を決めるようですので、今年はそれらが対象になっているのでしょう。
なので、他に思い当たる芸人さんは戦々恐々でしょう。

私は芸人さんは特別扱いでいいのだと思っています。
普通でない人たちなので、人を感動させたり笑わせたりできるわけですし。
それなのに普通の道徳を押し付けることは、芸の衰退を意味するのだと思います。
昔は歌舞伎役者さんや落語家、俳優など伝説的な芸人がいました。

いつの間にか、ワイドショーや写真週刊誌がおもしろおかしく取り上げ、私生活を丸裸にするようになりましたが、私はそっとしておいてあげるべきだと思います。

それよりもすばらしい芸を見せて欲しい。
そのために私たちがやらなければならないことは、そんなことに興味を示さないことではないでしょうか。

関西の芸能を良くしていくのなら、ゴールデンタイムにあんなくだらない番組を放送せず、米朝さんの「地獄八景」や藤山直美さんの「鼻のおろく」を中継していただけないでしょうか?

もしもし、関テレさん。よろしくお願いします。(藤山寛美風に)

   
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2007年05月06日

アッジェとパリ、そして京都のこと

Jean-Eugène Atget(ジャン-ウジェーヌ・アッジェ) 1857年- 1927年

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19世紀の終わりから20世紀の初頭、ベルエポックの時代に生きたフランスの写真家
最初は役者を目指し,地方回りの旅役者生活を続けるが挫折。
次に画家を目指すがさらに挫折。
1892年頃にパリで写真を撮り始める。
最初は人物が登場するが

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次第にこのような写真に変わっていく。
彼は日の出とともに旧式の箱型カメラを担いで、無人のパリの街を撮り続ける。
当初はカフェにたむろする芸術家に、絵の資料として食事一回分の代金で自分の写真を売っていた。
ユトリロもその顧客であったと言われる。
重たいカメラを担ぎながら、パリの街を浮浪者のごとく徘徊するアッジェには、いつもぴったりと寄り添う野良犬の姿があった。子供のいないアッジェは、犬を我が子のように愛したという。

そして8千枚にものぼるガラスのネガを残し、近代写真の父と呼ばれる。
彼の撮影した作品の多くは、死後発掘公表された。
フランス第三共和政下のパリの様子をとどめた貴重な記録であり、都市風景を撮影する手本として評価された。
日本の写真家が街中でアジェするというとき、彼の功績を念頭に置いているといえる。

マン・レイは彼の写真を評価し、自分の発行する雑誌の表紙に彼の写真を使うが、アッジェは自分の名前を出すことを頑なに拒んだ。

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「これは単なる資料に過ぎませんから。」

死ぬ間際、彼は力を振り絞りアパートのドアを開け
「俺は今から死ぬ。」
と叫んだと言う。

誠に不思議な人物だ。
自分の心のままに生きた、静かな静かな生涯であったのだろう。

いつの間にか日本人が忘れた「人の生き方」を考えさせてくれる。
常に上昇をしないといけないことはない。
心のままに生きることがなぜいけないのか?
方向は一つではないはずだ。

アッジェが撮ったパリの街角は、百年経っても同じ風景の場所が数多くある。
ある有名な東京のコンサルタントが、こう言っていたのを思い出す。
「丸岡先生。
京都が他の場所となぜ違うかわかるか?
商売をしていたら、他のところなら百年経ったらつぶれるか大きくなるかしている。
京都がすごいところは、百年経っても、百年前と同じ店で、同じように商売をしているところなんだよ。」

それが老舗なんだろう。
無理なことはせず、無謀なことはもちろんせず、お客を裏切らず、分をわきまえて堅実に生きていく姿勢。
それは進歩がないということでは決してないはず。

人でいっぱいになった京都を見ながらそんなことを考えていた休みだった。
でも休みに飽きた。
あーーー。働きたい。(笑)

エキスポランドで、事故の2日前に、風神雷神Uの脱線したあの2両目に乗っていた私でした。
「君子危うきに近寄らず。」も大事かも?

 

 
posted by maruoka-yoshimitsu at 19:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月23日

クマさんこと篠原勝之さんのゲージツ



私の好きなクマさんこと篠原勝之さんのインタビューを見つけたのでご紹介を。
この方好きなんです。
皆さんも知っておられますよね。

 DJ BOOTH
クマさんのゲージュツ。
ホームページはこちら

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ゲージツ家。愛称・クマさん。1942年4月15日、北海道札幌市生まれ、室蘭市育ちの64歳。武蔵野美大中退。73年、唐十郎主宰の状況劇場に加入。85年にフジテレビ系「笑っていいとも!」に出演。鉄、ガラスのオブジェ制作で国内外で評価が高い。『人生はデーヤモンド』『Kの食卓』など著書多数。
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「人生はデーヤモンド」読んだなぁ。

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(ビート)たけしさんと会ったのは、まだあの人が全然有名じゃなかったころ。「浅草にすごいやつがいる」って聞いたんだ。
友達の(現代美術家の)赤瀬川原平のツテだったかな。
西荻の定食店で「この人だよ」って紹介された。たけしさん、サンマ定食を食ってたよ。
たけしさんはおれと会ったとき、嫌そうな顔してたな。
でも、箸使いが上手いっていうのをよく覚えているんだ。
大根おろし、サンマ、ご飯をバランスよく、とてもきれいに食べていた。
それを見て、おれは「この人はただ者じゃない。教養のある人だな」って直感で思ったんだ。
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この記事が目に付いた理由はこれ。
ついこの前、私の知り合いがこれと同じことを言ってました。
私は歯科医ですので、「食べる」ことや口元についつい目が行きます。
確かにこれは言えるかもしれません。
私が大嫌いなのは食べるときに「くちゃくちゃ。ぺちゃぺちゃ」と音を立てる人。
あれは我慢ができません。
「食べる」という行為には、その人の美意識が全て出るのかも。

 「うつろう」  

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サハラ砂漠やモンゴル草原のような僻地でゲージツをやることも多かったんだけど、重さ10何トンのオブジェを運んで、イタリアのミラノやヴェネチア、ニューヨークのマンハッタンで個展をするようになった。
でも、ビジネスのことはマネジャーにまかせてる。おれは役に立つものは一切作ってない。ひたすら裁縫をするってのも楽しいし。行為そのものが好きなんだな。やりてえんだから仕方ねえんだ

中学のころ勉強していた数式にもハマってる。
昔はわからなかったのに、今解いてみると面白えんだ。
気がつくと夜中までやってたりする。

飲んでて、近くにいい女がいても、「声かけようかな」なんて思ってるうちに時間が過ぎる。それが楽しいんだけどな。
都会に来ると、ムスメどもがスカートから出している足が街を流れていく風景を見るのは楽しいな。手鏡を持って近づいたりはしねえぞ(笑)。
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クマさんが好きなのは、こんな感覚が自分と似ているからなんでしょうね。(笑)
私も何かをしている瞬間が好きです。
以前は何かをし始めたら、徹夜をしてでもやり終えようとしました。
今はもう完成を焦りません。
集中している瞬間瞬間に価値があると思いますから。
どんな偉い人の人生も未完です。

スタバのテラスで本を片手に、街行く人(特にきれいなオネーチャン)を眺めながら、その人の人生に思いをめぐらせるのも休日の午後の過ごし方です。
もちろん、眺めているだけで、ついて行ったりはしませんよ。

これはほかのインタビューからの抜粋。
ちょっと長いのですが、いい話だと思いますので。
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それと、こういうこともあってね。
お母さんと来た子供が、鉄の大きなオブジェを見て気に入ったらしいんだ。
たまたまオレはインタビュー中だったんだけど、その子供からコトヅテがあって、それが「私、これに乗って雲まで行けそう」みたいなね。
そういう思いを作家に伝えてほしいって、子供が言葉を残していくんだ。なんだか色気があるだろ。

 

ヨーロッパは、モノを作るってことに尊敬の念を抱いてくれるんだよな。
ワケわからないけど人とちがうことやってるヤツということで、マエストロと呼んで尊敬してくれる。
個展会場の設置のときに、そのための業者が4人来たんだけど、腕組みばかりしてなかなか始めないんだ。
あまりにも動かないから、どう作業を進めるかを説明してやったら、「う〜ん、それも考えた」って言うんだよな。
サボってるわけじゃなくて、それぞれが意見出し合って相談してたんだよ。

だけど、意見がひとつにまとまると早くてさ、彼らはよくやってくれたよ。
これは要するに、4人という小さいけどしっかりした民主主義でね。
単なる多数決じゃなくて、みんな意見をもって動いてるってことなんだね。

3日間の設置作業が終わったときに、その中の棟梁みたいなおっちゃんが、ちょっと照れながらオレのとこに来て、「マエストロ、オレはこんなでかい光を始めて見たよ。すごい」なんてことを言うわけだ。
俺もちょっと偉そうにしながら(笑)、「オリエントの光はどうだい?」とか言ったりしてな。

それで彼が「ひとつお願いがあるんだ」って言うんだよ。
「あのカタログにマエストロがサインをして、それを1冊もらえないかな」って。
それはもう、お安い御用だよ。
彼らは美術の教養がそんなにあるわけじゃないけど、現場でいろんな作品を設置しながら自分の目で見るという体験が豊富なわけだ。
そいつが、おまえのはすごいよ、こんなの見たことないって言ってくれた瞬間に、これは成功するなと確信したんだね。
評論家の言葉だとしたら、確信はできなかっただろうと思うぞ。
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芸術は理屈じゃないですものね。
だからクマさんはゲージツと言うのかもしれません。
やはりせっかく何かをするのであれば、感動をしていただけるようなことをしたいものです。
でも人を感動させるのは難しい。
さあ、今日も頭をフル回転。
考えるのはとても楽しい。

 
posted by maruoka-yoshimitsu at 09:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月20日

万波先生のこと「命より法律」

万波先生のことより続く

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厚労省、病気腎移植認めず

 宇和島徳洲会病院の万波誠医師らによる病気腎移植をめぐり、厚生労働省は19日までに、現時点では病気腎移植を認めないことを、臓器移植法の運用指針に新たに盛り込む方針を固めた。

 日本移植学会など4学会が先月、病気腎移植の医学的妥当性を否定する声明を出したのを受けた措置。現行の指針には生体移植についての定めがないため規定を新設し、23日に開かれる臓器移植委員会に指針の改訂案を示す。

 改訂案は「治療で摘出した腎臓を第三者に移植する」病気腎移植を認めないほか、生体腎移植での本人確認や、提供が任意であることの確認の徹底も盛り込む。

 4学会の声明は病気腎移植を「現時点では医学的妥当性がない」としたが、倫理指針にのっとった臨床研究を否定する内容ではないため、厚労省は病気腎移植の将来的な可能性については検討の余地を残す考え。
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「病気腎移植の将来的な可能性については検討の余地を残す」とのことが唯一の救いでしょうか。
これに関する万波先生の発言です。

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国が決めるのなら従わざるを得ない。
あきらめるしかない。
お上が決めたことで、たとえ患者がそのために死んでしまったとしても、法律のほうが優先される。
目の前の患者を救うことを一番に考えてきたが、私が(病気腎移植を)やることによって周囲にも迷惑がかかるし、しかたがない。
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万波先生のもとで、腎移植の順番を待っていた患者様はさぞがっかりしたでしょうね。
柳田充弘元京都大学教授は、「いらなくなった病腎を使うなんてなんとクレバーなんだろう」と書かれています。
私もそう思います。

この治療は、患者様がそれを希望しているとすれば何の倫理にもふれないし、誰も不幸になりません。
私は、医療とは「その人生をより良く生きるため」にあるものだと思います。
しかし、そのために肝に銘じておかなければならないことは、どんな大掛かりな治療をするかではないと思います。

「患者様を、今よりも決して不幸にしないこと。」

この原則を忘れてはならないと思います。
私はそれをいつも考えて治療をしています。

万波先生、頑張ってくださいね。
まだ道は完全に閉ざされてはいないようですし。

「つまづきはあるさ。
 それが人生だ。
 要は、立ち上がるスピードだ。」

          映画「ドリブン」

   
posted by maruoka-yoshimitsu at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月15日

天網

 
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テレビを見ていたら、「離婚弁護士」の予告編が目に付きました。
再放送が始まるのでしょうか?
その中で、
「法廷の真実と実際の真実は違うのよ。」
と天海 祐希さんの扮する弁護士が言っていました。

そんなものなのでしょうか?
そんなものなのでしょうね。
法律上の常識と、一般の常識の間にはかなりの差があることがありますしね。
試しに、法律用語をググッてみると思わぬことが書いてることがあります。

先日の新聞に、マジックに使うため硬貨を台湾で加工しそれを輸入したマジシャンが、執行猶予付きの実刑判決を受けたという記事が載っていました。
貨幣損傷等取締法ならびに、関税法違反とのことです。
なので、これからコインを加工したマジックはもう見られなくなるかもしれません。
なおこの法廷では、マジックも披露されました。

法律上の解釈は難しいですね。
裁判官によって判決がガラリと変わったりしますから。

「天網恢恢疎ニシテ漏ラサズ」(老子)

「天網」とは、天が世の理非を正すために張った網のこと。「恢恢」とは、広く、ゆったりとしているさま。「天網恢恢疎而不漏」とは、天網の目は粗いが決して悪人を逃しはしない と言う意味。

私の敬愛する老子はこのような考えが好きです。

「義が声高に叫ばれるようになると、大道が廃れる。」

あまり規則や規律だけが厳しくなると、本来守られなければならない本当の人の道というものが失われていくという意味です。
今問題になってる、国旗や愛国心についてなどもこれにあてはまるかも。

私が古典が好きなのはこのような理由。
老子なんてキリストの前の人なのですが、考えると、二千年たっても人間の考え方ってそんなに進化していないのですね。

私の究極の古典は、小さいころから母親に繰り返し言われてきたこと、
「お前はわからんと思ってるかもしれないけど、お天道様はいつもお前を見てるよ。」

私はこのときから心の中に、明確なイメージが出来上がっています。
春の花が咲き乱れる小道を、燦燦と太陽の光を浴びながらニコニコと歩いている自分の姿。
これが幸せな人生だと思っています。

 

 
posted by maruoka-yoshimitsu at 08:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月04日

万波先生のこと

 
私がいつも見るブログに、「柳田充弘の休憩時間」というブログがあります。
柳田先生は京都大学元教授。
そこに、現在よく報道されている万波医師に関して、こんな記事がエントリーされていました。
少し長いですが、一部を掲載させていただきます。

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記事は「病腎移植の芽を残したい、病理医・堤寛さんがつづった手紙」と題するもので、藤田保健衛生大学堤教授は、この問題の調査をするために派遣された専門委員会(6人)のひとりで万波医師の医療を綿密に調査した方です。

堤教授が見た万波医師の実像は、調査前に持っていたイメージと違うものだった。
万波医師の患者に向かう姿勢に深い共感を持っております。『すごい人がいる』が私の実感です。彼は患者に寄り添っています。よほどの自信と信頼がなければできないことです

病腎移植を受けた患者の多くが、親族からの生体腎移植を受けた後に病気を再発し、しかも通常移植より高齢で、病腎以外にドナー(臓器提供者)を得られない 身だったこと。
都会の医療を受けられる経済状態ではなく、透析生活のつらさに耐えられず、移植を強く望んでいたこと。
患者たちの生存率が、年齢や健康状態 のわりには死体腎、生体腎に劣らないこと。
それらの事実に心を動かされ、「患者さんの経済状態を考慮し、最小限の検査で診療したことも痛いほど分かりまし た」とも記している。

ただ、万波医師は病腎移植にあたって倫理審査を行わず、カルテの記録もずさんで、患者やドナーへのインフォームド・コンセント(説明と同意)の手続きを文書化していなかった。これらは、新しい医療を行う上で致命的な誤りというしかなかった。
 
「彼にもう少し欲があれば、科学的志向性が強ければ、まったく違う展開になったでしょう。残念です。でも、それがあの人の人となりなのでしょう」
万波医師は、手を尽くした末の最後の手段としてしか病腎の摘出を選択しなかったと堤教授は確信している。だが、専門委は万波医師に、質問に答える以外は発言を許さず、「教科書にない」「記録がない」などの理由で主張を退けた。
万波医師は確かに日本の移植医療のルールを無視した。だが、「患者さんのためだけを思い、名誉欲などみじんもない医者をいじめてどうするのか」。

わたくしは、この堤教授の手紙に感動しました。かれの意見は専門委員会ではまったく無視されたようですが、医学と医療のあいだにある、いろんなことが見えるし、医師万波氏の献身的な姿もこの手紙から伝わってきます。
かれの卓抜にして新規性の高い医療は医学界にはまったく認められない点でも大変興味が深い。

わたくしは、間違いなく歴史の審判は万波氏を断罪するものにはならないとおもいます。
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柳田先生は、以前から万波医師には好意的でした。
私は、万波医師がテレビで報道され始めた当初は、いつもよれよれのシャツを着て、朴訥としゃべっておられる姿を見て、「なんか、変わった先生だなー」と思っていました。

でもいろいろな報道を見ているうちに、万波先生は
・事実そのままを述べて、逃げも隠れもしなかったこと
・まったく欲がなく、患者のことのみを心配していたこと
・患者が誰一人先生を非難せず、反対に支援したこと
・法的な問題に発展する様子が見られないこと
であることに気づきました。

で、今回のこの柳田先生のエントリーを読んで、すべての疑問が解けたように感じます。

とにかく、万波先生は患者の生活のことのみを考えておられたのでしょう。
先生にとっては、生活全てが治療であり、患者と向き合うことであったのだと思います。
「カルテがずさんだった」こともわかります。
確かにカルテを書くことは重要です。
でも命がかかっている治療に駆けずり回っているときに、そこまで手が回っていなかったというのが、本当のところではないでしょうか?
そこまで完璧を求められたら、もう寝る間もなくなります。
患者への説明と同意を文書化していなかったことも問題になっていますが、先生は説明自体はされていたようですね。
ただ、それを文書にしていなかったということですが、信頼関係があれば、それは大きな問題ではないのかもしれません。

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宇和島徳洲会病院は26日、万波誠医師が執刀した病気腎移植について、移植を受けた患者のうち2人は、病気の腎臓と説明されたが病名は聞かされていなかったとの調査結果を明らかにした。

記者会見した貞島博通院長らによると、摘出4件と移植11件について、臓器提供者と患者の双方から聞き取り調査をした。病名を聞いていない2人も「万波先生を信頼しており問題はない」と話したといい、「法律的には説明、同意があったと判断される」としている。
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医者の仕事は、大きな手術が成功すれば終わりではありません。
治療の半分はそれから始まると言ってもいいでしょう。
私も大きな処置や、インプラントの手術をした後、そのときは成功したとわかっていても、やはり心配でたまりません。
人間の体ですので、どんな意外な反応が起こるかわからないからです。
ですので、そんな治療のあった夜は、お酒を飲みませんし、携帯電話も放しません。
「ああ。終わった〜。まあ、ビールでも一杯」と言うわけにはいかないのです。
万波先生は、ほとんどの時間を病院で過ごされているのではないでしょうか?
なので、いつもよれよれのシャツなんだと推察しているのですが。

確かにルールは大事です。
それを「まあ。いいやん」と全て蔑ろにするつもりはありませんが、万波先生は本当の「おいしゃさん」だったのでしょう。
一昔前であれば、片田舎で真剣に患者を救う医師として「名医」であれたのでしょうが、この時代です。

マスコミ、ネットで一方的に情報が流れだせば、個人ではどうすることもできません。
マスコミ、法律、ルールが全て「正義の味方」ではないことは、やっと理解されだしていますが、しかし、まだまだ充分ではないようですね。

この記事を読まれたら、万波先生のことがもっとよくわかるかもしれません。
印象的なのが、
「でももし、移植せなんだら死ぬという人がいて、(移植に使える)病気腎があれば? やっぱりそれはやります。やらんといかん。病院クビになってもいいから。倫理がどうと言われようが、犯罪になろうが」
の部分です。
プーコさんからいただいたコメントにあるように、移植を受けた患者様にとって、万波先生は世界でただ一人の医者だったのでしょうし、その患者は万波先生にとってもかけがえのないただ一人の患者だったのですね。

私は「立派な」医者であるよりも、こんな医者でありたいと思います。

最後に宮崎駿監督の言葉

「私は理想のある現実主義者でありたい。
 理想の無い現実主義者がいる。
 私は理想の無い現実主義者になりたくない。」


 
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2007年03月31日

これからのこと 番外編「うれしい」

これからのこと#2より続く

昨日、こんなエントリーをしたら、コメントをいただきました。
純粋にうれしかった。
再掲をいたします。

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2年ほど前から読ませて頂いています。
今回このような記事が出ていたので、個人的な意見でもお伝えしていいかなと思いコメントさせて頂く事にしました。
個人的には、最近はブログの内容が歯科関連のものばかりで、とても残念に思っていました。 
以前はもっと日常生活における色々な出来事なども綴られていて、読み物としてとても面白かったと思います。 
私の場合、このブログのタイトルの「人生を楽しむ人として」の部分に惹かれていたので、歯科関連の記事でない日は特に楽しく読ませて頂いていました。 以前のブログを知る者としては寂しい限りです。
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この方はどのような方か存じ上げないのですが、ほとんど診療室と自宅(と言っても自室の机の前)の往復運動しかしていない私の日常に、少しでも興味を持っていただいていたようで、少し気恥ずかしく、でもこのようなコメントを寄せていただいたことにとても感謝しています。
歯科関係のエントリーはそう難しくないのですが、それ以外の話題で面白いと思っていただけるような読み物を書くのは結構難しいんです。(笑)
でも、ご期待に沿えるようにがんばってみますね。
近々びっくりするような話題もご覧いただけるかもしれません。

そうそう、人生は楽しまなければ。
楽しいことがあるから楽しいんじゃなくて、楽しむ気持ちが持てるかどうかなんですよね。

もう一つ
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>歯科のブログなのにそれはおかしいと思ってやめました。
>なのでハイディが登場しなくなっているのです。
(ということなのですDさん。この話はわかる人にしかわかりません。)
>私がどこへ行って、楽しかろーが、悲しかろーが、そんなことには興味ないでしょう?(笑)

いえ、関係あります^^)))こんにちは、Dです!
ブログを読みながら画面に向かって返事をしていました。
私が4年程前でしたっけ?沢山の歯科から
貴歯科医院を選んだのは当時のHPが、きっかけでした。
素人の私に そこから何が読み取れたのか?
温かい雰囲気と誠実さでした。
歯科イコール、まな板の上の鯉・・
誰でもが覚悟を持って門を叩きます^^;
その勇気を与えてくれたのが そのHPでした。
そして今、希望した治療を終えることができ
その満足感と、また年4回通っていますメインテは、遠方から京都の街に出て行く私にとって(チョイと、大袈裟っ^^)))
いえ、1年の季節が変わるごとの 田舎者の楽しみ♪とも なっています^^;

口腔外科としての先生の高い志と技術は訪れてた私たち患者には必ず伝わっています。
また、スタッフの皆様の心が本当に和みます。
これがなければ、メインテも続きませんね^^
それらを伝えていけるのが丸岡先生のブログだと思いますし
昔の私の様な悩める画面の前の患者さんを救ってあげて欲しいなぁ・・
と、Dは生意気ながら思っています。
難しいことは分かりませんので、私の希望だけ お伝えしたくて・・
ハクション大魔王のツモリ^^?で 役にも立たないけど(このアニメが分かる人は同じ年代ですね^^;))
自分で 「呼ばれて飛び出てジャジャジャ、じゃ〜ン♪♪」と花粉症でクシャミしながら、口ずさみ書いています。
長くなってすみません。削除してくださいね^^;))
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Dさんありがとう。削除なんかするものですか。(笑)
Dさんについてはこちら
昨年からはお嬢さんもお越しになっています。
ハイディというのは私の飼っているエアデールテリアの名前です。
お二人に気に入っていただいている様子なんです。
Dさん、今度のメインテナンスのときにはプレゼントを用意しておきますね。何がいいですか?(笑)


じゃあ、今日は休みの日ですし、歯以外の話を少し。
今、熱中しているのが、子母澤寛の「勝海舟」という本です。
中学生のときに何度も読み返しました。
そのときは文庫本でしたが、今回ネットの古書店で子母澤寛全集の一部を手に入れることができそれで読んでいます。
勝海舟のことはご存知ですよね。

日本の海軍の基礎を作り、西郷隆盛との会談で江戸城無血開城を成し遂げた幕臣です。
尊敬する日本人の一人なのですが、子母澤寛の文体が美しく、大部な本ですがリズムに乗って読めます。
勝海舟の本名は勝麟太郎、その父親が勝小吉
勝小吉は無役の貧乏旗本それも極貧。若いころは放蕩の限りを尽くし、実家からは勘当されるような人だったようですが、本所深川の市井につかり、周囲の人からは大変慕われていました。
その親子の交流は「親子鷹」「おとこ鷹」という作品でも楽しめます。

この「勝海舟」のいいところは、登場人物のひとりひとりの吐く台詞が素晴らしい。
以下は、私が好きな狸穴(まみあな)の都甲先生が勝海舟と出会ったときに言った言葉。
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おい、お前、腹を立てちゃあいけねえよ、島田にも、それを余っ程仕込まれているらしいが、老人のいう事だ、一生こ奴を腹に据えて、忘れなさんな。
え、風が右から来たら左へなびく、左からきたら右へなびく、それでいて根だけは、ぴったりと大地へ据えて動かねえことだ。
いいかえ、どんな事でも、ふむふむ、そうか、そうかといって居れるようになれあ人間一人前だ、俺などは直ぐむかっ腹立てる、これは阿呆だからだよ。
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島田というのは島田虎之助。その当時、師匠の男谷精一郎を除いては先ずは江戸随一と言われた剣術家。
勝海舟は、蘭学を始める前は、この島田の道場で剣術の修業をし、唯一免許皆伝をされています。
「文武両道」という言葉はもう死語でしょうか?
坂本竜馬も剣の達人だったということはあまり知られてませんよね。

これは男にとって大事な、「腹を据える」ということに必要なことだと思います。
私も日本拳法(日本憲法ではありません)の二段を持っています。
日本拳法なんてご存知ない方がほとんどでしょうね。
柔道衣のようなものを着て、5キロぐらいの防具とグローブをつけ、K1をする武道と思ってもらったらいいと思います。

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その当時はヒンズースクワットが千回できました。
森光子がやってるやつとは違いますよ。きちんと下までお尻を下ろすやつです。
苦しかったけれども、これはやり続けて本当に良かったと思いますね。
ですので、私の気持ちは折れません。

男というと、最近気に入っている言葉があります。
「苦しいこともあるだろう。
言いたいこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣きたいこともあるだろう。
これらすべてを堪えていくのが男の修行である。」
山本五十六

男の生き方を全て言い表していると思えます。
やっぱり昔の人は偉かったのかな?
男は痛みや血に弱いと言われます。
患者様を診ていてもそれは感じるのですが、昔の男は切腹できたのですから、そんなことはないはずですよねー。
あー。また治療の話になってきそうですので、今日はこのあたりで。
桜のつぼみでも見に行ってきますか。

コメントをいただいたお二人にもう一度お礼を申し上げます。
今日は本当にいい気分です。
ありがとうございました。

これからのこと番外編「ハイディ」に続く

 
posted by maruoka-yoshimitsu at 09:08| Comment(3) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月25日

天才


天才とは、普通の人間が1を見、才能のある人間が2や3を見ているときに、10を見る脳力を持ち、感じ取ったものを芸術的な表現の素材とすることができる人間だ。

エズラ・バウンド

 
posted by maruoka-yoshimitsu at 13:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月22日

インフルエンザとタミフル#2

インフルエンザとタミフルより続く

厚生労働省は10代のインフルエンザの患者に対しタミフルを使用中止にしました。
薬の使い方としては正しい考え方だと思います。

タミフルの効果は臨床医も認めています。
タミフルを処方すると、ほとんどの患者は1〜2日後に熱が下るとのことですが、しかし、そのときの体温は何度なのでしょうか?

40度以上の熱が続いているのなら、処方するのもいいかと思いますが、39度ぐらいの熱が1〜2日程度なら服用する必要はあるのでしょうか?
命を失う危険性が疑われているわけですし。

私は痛みや発熱はある程度必要なものだと考えています。
歯が痛くなるということは、「異常が起こっていますよ。治療が必要ですよ。」という体が発する危険信号ですしね。
痛みを感じなければ、ひどい状態になってもわかりません。
特に、神経が無い歯などは虫歯になっていても痛みを感じません。
つまり、気づいたときは中がボロボロになっていて、抜歯をしないといけないというようなことも起こるのです。
ですから、痛みや異常を感じていなくても定期的なメインテナンスをして、専門家のチェックを受ける必要があります。

私がもし風邪を引いてもそれが休日であれば、解熱剤を飲んで無理に熱を下げるようなことはしません。
ある程度は必要なことだと思いますから。
熱があれば動かずにじっとして休養をとることを考えますし。
それが体にとって一番必要なことですしね。

もちろん解熱剤とタミフルの作用は違います。
解熱剤は無理やり熱を下げますが、タミフルはインフルエンザのウイルスが増えるのを防ぐ作用があります。
しかし、症状がでてから48時間以内に飲まなければあまり効果はありません。
そしてそのためには検査でインフルエンザであることを判定しなければなりません。
日本はこの判定のシステムが進んでいるので、世界の中でもタミフルの使用量が多くなっています。(一説には8割を消費とも)
ある意味いいことなのでしょうが、熱が高い、インフルエンザである、じゃあタミフルを・・・と自動的に決定されていたとしたら少し考え直さないといけないのではないでしょうか?

このデイビッドが風邪をひいた時は、インフルエンザが流行した年でした。
私も2週間ほど寝込みました。
そしてインフルエンザが治った後、ヘルペスを発症しました。
抵抗力、免疫力が低下していたのでしょうね。
ヘルペスは帯状疱疹と呼ばれるもので、ヘルペスウイルスが原因です。
私は右肩から右胸にかけ疱疹と激痛があり、大変辛かったですね。

当時は、抗ウイルス薬の「ゾビラックス」という薬が一般的に使われていました。
私もそれを服用しましたが、数時間後、前腕一面に薬疹(蕁麻疹)がでたため服用を中止しました。
あと、どうなるかととても心配でしたが・・・・・一週間ほどで治りました。
ということは、私のケースは薬は必要なかったのでしょうか?
あくまでも結果論ですが。

中学、高校生などで充分体力があり、他の持病もなく、脳症の危険もないようなら、「ゆっくり寝てたら治ります。」と言う治療(?)も必要ではないでしょうか?
それが言えるかどうかが「医者の見立て」と思うのですが。

 

 

 
 
posted by maruoka-yoshimitsu at 09:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月20日

自由と責任

      


   
        


  
 自由の神は、常に責任という重い十字架を背負って歩き続ける。





   
posted by maruoka-yoshimitsu at 11:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月28日

価値観#2

価値観より続く



さて番組の最終。
さいとうさんにとって、成功の秘訣とは?

「どんな価値観を持つか。
どのように自分を導いてやれるかは、価値観しだい。
価値観で人生が決まる。
自分の価値観を見つめること。」

だそうです。

私もいつもそう思います。
生き方に優劣はありません。
どのように自分らしく生きていくかが一番重要なことだと。

私の病院はこれから変わります。
いえ、変えて行きます。
そう思っていたときのさいとうたかをさんの言葉でした。

どのように変えていくかは、また明日。

価値観#3に続く

 
posted by maruoka-yoshimitsu at 08:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月27日

価値観


昨夜のテレビ東京「カンブリア宮殿」見ました?

村上龍さんが太って年をとり、なんだか少し汚くなってきたのが少し悲しい。
「Ryu's Bar」のときはアルマーニのスーツなんかを着て、少しは見られたのですが。
発言もなんだか冴えません。
素敵に年は重ねたいものです。
まあ、それはさておき。

...........................................................
ゲスト:さいとう・たかを(劇画家)

1968年の連載開始以来じつに39年。日本コミック史上の最長連載記録を更新し続ける『ゴルゴ13』の作者、劇画家 さいとう・たかを(70歳)をゲストに迎える。
手塚治虫らとともに日本のマンガ界を牽引してきたさいとうは、≪漫画をビジネス≫と捉え、それまでの常識を覆してきた。

≪劇画≫という独特のジャンルを開拓。
≪ゴルゴ13≫単行本らの売上、延べ2億冊。(通算500話)
マンガ界に初めて≪プロダクション・システム≫分業制度を導入。
出版社を設立、経営。
画業50年、70歳を越えてなお、月に200ページに及ぶ連載を抱えるさいとうは、コミックを通して多くの日本人に時代と社会を問い続けてきた。
番組では、「ゴルゴ13」の製作風景を取材するとともに、「ゴルゴ13」を支える裏方・約10人の脚本家を取材。
また、現在インターネットから携帯電話にまで拡がり、フリーペーパーが創刊されるなど活気づく“現在の漫画ビジネス”も取材する。
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ゴルゴ13を知らない人はいないでしょう。
さいとうたかをさんは、子供のころから変わった人だったようです。

小学校のとき、先生が1+1=2と黒板に書いたのが不思議だったとのこと。
なぜかと言うと、右の1と左の1の長さが明らかに違う。
それらが同じものとは思えず、それを足して2になるのが納得いかなかったそうです。
この発想はすごいですね。
そして、今でも九九を知らないのだそう。

また中学生のとき学校教育に疑問を感じ、中間試験を白紙で提出しました。
「こんなものはクイズだ。」

そのとき先生に言われたのが、
「白紙で出すのはお前の責任だからそれでいい。
だけど、自分の責任で白紙で出すのだから、名前を書け。」
という事。
そこでさいとうさんは、「責任てこういうものか」と思った。
この先生の名前が「東郷」。ナルホド!

ゴルゴ13を読んでいつも感心するのはあの脚本。
最新の世界情勢を分析し、驚くような発想。
現在、ゴルゴ13の脚本家は10人いるそうです。
広告代理店の社員、銀行家、京大出身の博士など。
今までに関係した脚本家は45人。
その中には直木賞作家の船戸与一さんもいます。

ホームページの紹介にもあるように、さいとうさんは劇画をビジネスと考え当初から分業制を確立してきました。
脚本家、人物を描く人、背景を描く人、銃器を専門に描く人、もちろんゴルゴはさいとうさんが書きます。

このようなシステムを始めた当初「よくいじめられた」とのことです。
「邪道だ」
もちろん他の漫画家もアシスタントは使っていたのですが、それはあくまでも下働き、そしてそれは大きな声では言わないことでした。

さいとうさんは50数年間、休載は一度もないとのことです。
つまりこのようなシステムをつくりあげていたから。
そして、このシステムによりさいとうさんは、一番大事なゴルゴを描くことに集中できるわけです。
そして、背景や銃器の細部にわたるまでこだわることができるから、さらに読者をひきつける魅力的な劇画を生み出すことができるのでしょう。
さいとうさんは自分のことを「プロデューサー」と言っています。

昨日からなぜこんな話を書くのかって?
歯には関係ないと思います?
その理由はまた・・・

価値観#2に続く

 

 
posted by maruoka-yoshimitsu at 09:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月26日

緊張感


昨夜の「情熱大陸」ご覧になりました?

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料理人・相田康次、38歳。
パリの閑静な住宅街に隠れ家のように佇む、客席数20あまりの小さな和食店「あい田」のオーナーシェフ。
パリでいまもっとも注目を集める料理人の一人である。
彼の成功の秘密は、フランス最高の食材を惜しげもなく使い、その魅力を和食の技法でぞんぶんに引き出すことにある。
目指すはフランスでしかできない新しい日本料理だ。
相田は毎夜、料理をつくる夢をみるという。
夢の中でつくりあげた料理を口に運ぶその瞬間、ハッと目が覚める。
そのまま台所に起き上がり夢でみた料理をつくり味見する…。
世界の料理を食べつくしているフランス人美食家たちを満足させるため、夜も眠らず新しいレシピーを試行錯誤する。
番組では、パリで奮闘するこの若き料理人の日々に、2ヶ月にわたり密着した。
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昔、「笑っていいとも」の青年隊にいた人なんですね。
そんな人が、なぜパリでレストランをと思うのですが、真剣さはひしひしと伝わってきました。
それと人生の不思議とが。

昨日の放送は緊張感がありました。
常連客の三ツ星レストランの有名シェフが、相田さんの店で酔っ払い、トラブルを起こします。(カッコ悪い)
それをどのように切り抜けるのか?
私が一番参考にしたいのがこのあたりなのです。
人生って、どううまくやっていくかということより、襲いかかってくるトラブルにいかにスマートに対処するかが大切なことだと思いますから。
放っておいてくれたらいいのですが、トラブルはいつも虎視眈々と飛び掛るタイミングを待っていますからねー。

後半では、「吉兆」の徳岡さん、「祇園ささ木」の佐々木さんが相田さんのお店を訪れ料理を吟味します。
最初は厳しかった佐々木さんの目が、相田さんの料理を食べ進めるごとに軟らかくなっていくのがよくわかりました。

佐々木「どう?」
相田 「波が結構あって、暇なときは、暇なんですよ。
何で電話がならないのかと思うときがあります。」
佐々木「そうそう、そんなときは間違い電話でもいいから電話が鳴らないかと思うよねー。俺もそんな経験したわ。」

「祇園ささ木」は今一番予約がとりにくいレストランと言われています。
そんな佐々木さんでも苦しい時期があったんだなあと思います。

私はいつ病院がつぶれるかもわからないと思いながら朝仕事に来ます。(笑)
今でも、朝だけではなくいつもそう思っています。
だからこそ、努力ができるのだと。
その気持ちがなくなったときこそ、つぶれるときだと。

10数年前ですが、ビル・ゲイツもインタビューでそう言っていました。
「明日マイクロソフトがなくなるかもしれない。」
彼の場合は夜寝る前にそう思ってベッドに入ると。
今はもうそうではない?

私はビル・ゲイツは今でもそう思いながらベッドに入っていると思います。
だからこそあの帝国が維持できるのでしょう。
ちょっと長くなったので、本日の症例は明日アップします。

 
posted by maruoka-yoshimitsu at 10:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月22日

悲惨なサービス

昨年の忘年会の出来事。
12月29日は診療を早めに切り上げ、大掃除の後、忘年会をした。
場所はここ


この会社は、京都では古い町屋や建築物をリニューアルし、とても雰囲気のいいレストランを作っている。
驚くほどの展開のスピードである。
が、しかしだ。


このとき7時20分。


大掃除を済ませて来ているので、疲れてお腹はぺこぺこである。
この会社のレストランに行くと、必ず一度待合に通されそこで少し待つ。
これも演出なのだろう。
ほとんどのレストランでそうなので、マニュアル化されているのだと思われる。


この日も待合に通される。
予約は7時30分にしており、客席は空いているので、あくまでも演出である。
問題はここ。
私たちは6人である。なのに椅子は4脚しかない。
レストランのスタッフは「どうぞお待ちください」と言ったきり、どこかに行ってしまった。
仕方がないので、1つのソファーに2人座ることとなった。
さらにここで、10分以上待たされた。


二階に案内され、席に着いた。
お客さんでいっぱいというわけではない。
飲み物の注文をするが、待てど暮らせど出て来ない。
しばらくするとまた「お飲み物の注文は?」と聞きに来る始末。

当然料理も出てこない。
疲れきって空腹のみんなは段々口数も少なくなってくる。
8時をまわったので、さすがに店のスタッフを呼びとめ、

「私は7時半に予約をしました。
今何時ですか?」
「えっ。今の時間ですか?」(顔色が変わった)
「早く下(厨房)に伝えてきなさい。」

アルバイトのスタッフを叱っても仕方がないので、こう言った。
そこからは、どんどん料理は出てきた。

 





料理に関しては申し分はない。(いいコースを注文しておいたので)
しかし、謝りに来ない。
何も「すみません」の言葉がないのだ。

横のテーブルにはトレーナーを着た、あまりお品のよろしくない男性とその連れが座っていた。
そのカップルは何度かこの店に来ている様子。
フロア責任者とおぼしき女性は、そのカップルとは親しげに長時間喋っている。
なのでテンテコマイという状態ではないのにもかかわらずである。

しばらくして、トイレの場所を尋ねると、この責任者がそこまで案内し、ドアを開け中の洗面台の水しぶきをふき取り「どうぞ」と言ってくれる。
後で、誰が行ってもそうだった。
これもマニュアル化されているのだろう。
この行為は大変おかしな間違ったものだ。
これは演出として見せるようなことではない。
それをするなら、お客さんが出られた後チェックをしてきれいにしておき、次の客さんに備えるものである。
だれがこんなバカな演出を考え出したのか。
これは「悲惨なサービス」と言ってよい。

食事が終わり、かなり不満が残った状態で席を立った。
私が会計をし、外に出ても何も謝罪の言葉はなかった。
後から聞くと、私が会計をしている間に、当院のスタッフには「お待たせしてすみません」と言ったらしい。
しかし、さすが我がスタッフは、「それは院長に言ってください」と切り替えしたそうだ。
しかし、それでも結局私には何も言ってこなかった。

事業を急展開し、マニュアルで運営するとこのような弊害がおこりやすい。
サービスの本質は「無形」である。つまりいかに心の琴線に触れるか?
それを積み重ねていくと「有形」となる。
見かけのサービスをいくら積み重ねてもそれは「エセ」でしかない。

私の病院は当然予約制である。
しかし、たまには予約時間を過ぎてお待たせすることもある。
その場合、スタッフは丁寧に謝るし、私も必ず「〜さん。大変お待たせして申し訳ありません。」と謝罪をする。
それは私も忙しい身、他人の時間の大切さもよくわかるからである。

私はもうこの店には二度と行かない。
もし私たちがこのお店を気に入り、リピーターとなったとしたらここで使う飲食費はそこそこの額となる。
それを失ったのはこの店にとっては損失である。

では私たちは、不満だけが残ったのか?
そうではない。
この悲惨なサービスはとてもいい教訓となっている。
本日の朝のミーティングでも「○○○○○ー○のことは覚えているな?」と言えば全員がうなずく。
で、「これからはここはこうしよう。ああしよう。」という説明がとてもやりやすい。

立ち飲み屋や居酒屋でスタッフと飲むことも多いが、節目節目の飲み会はそこそこのお店に行くことにしている。
そこでスタッフ達がサービスの本質をつかんでくれたらそれは決して無駄な贅沢、出費ではない。
今回のこの教訓も口で説明してもそれはなかなか理解できない。

私たちは「クレド」というものを作り、自分達の使命を明確にしている。
これはリッツカールトンを参考にしている。
なので、いつかはリッツカールトンに食事に連れて行けと言われているのだが・・・それは、あのー、ちょっと・・・
ホームページを見たら、夜のコースは¥16,000からだし、こんな朝食もあったりするので、かなりコワイんです。

....................................................................

レストラン「ラ・ベ」をお2人だけのためにご用意し、お客様の目の前で「ラ・ベ」のシェフが3種類のオムレツをお作りいたします。ドン・ペリニョンのさわやかな味わいとバイオリンの生演奏で始まるこの贅を尽した朝食とともに、ヨーロッパ貴族の邸宅を彷彿させるホテルのメインダイニングで夢のようなひとときをお過ごしください。
 
時間 
料金  毎日7:00a.m.〜10:30a.m.
お二人様 110,000円(130,515円)
....................................................................

ホテルで食事をするといわゆる税サというものがつく。
税は消費税5%、サはサービス料10%。
だから110,000円が130,515円になるわけだが、ホテルはサービスが売り物であるはずなのに、なぜサービス料を別にとるのか?
ではサービス料を払わない客にはサービスはしないのか?
一体サービス料とは何なのか?
これはずーーーーっと私が納得できない部分である。
だから私は基本的に自腹でホテルで飲食はしないことにしている。

 

 
posted by maruoka-yoshimitsu at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月12日

私の子育て論(父親論)

年始のドラマで「白虎隊」をやっていた。
冒頭のシーンしか見なかったのだが、その現代の場面。

会津出身と思われる野際陽子さんの扮するお祖母さんが、できの悪い孫を捕まえて、その親共々説教をする。
「何で挨拶一つもできない子供に親が気を使わないといけない。
だから日本はダメになる。
ならぬものはならぬ。
理由はない。」

まさしくこれが子育ての基本である。
ここで大事なのが、「理由はない。」というところ。
これを言い切れない大人が増えてきている。
自分の生き方そのものに自信がないのだろう。

私は相談をされるとこう言う。
「親なんて理不尽でいいんだ。
何で大人が子供に気を使わないといけないのか?
子供は親の言うことを聞き、家の手伝いと勉強をするもの。
自由にしたければ、それは自分で働いて自分で生きていけるようになってから。
親が嫌だったら、余計に自立しようとするはず。それが親離れ。
子供は親を選べないが、親も子供を選べない。
お互い様。」

丸岡家の教育方針はと問われれば、
1.父親に逆らってはいけない。
2.父親に逆らうことはできない。
3.父親に逆らうことは許されない。
である。
でも誤解の無いように。
私は細かいことをクドクド言って叱ることはない。
子供を叱るのは年に1〜2回、大まかな軌道修正が必要なときだけである。
(しかしそのとき子供たちは、命の危険すら感じているだろうが)
そして、将来の進路も全て自分で考えるように言ってある。

子供達はお願いごとがあるときは、まず母親に相談する。
これが第一のフィルター。
その裁定に子供達が納得しない場合は、母親は私の部屋に子供達を送り込む。
子供達は私の椅子の後ろに立ち、
「お父さん。これこれしかじかなんやけど・・・」
「アカン」
それで、子供たちはクルリとターンをし、自分の部屋に帰っていく。
決して反論することはない。

判断に迷ったときは母親が
「これこれなんやけど。私はアカンと思うんやけどどう思う?」
とやってくる。
そこで
「別にかまへんやろ。やりたいようにやらしてやり。」
となることもある。

私は家族の基本は、やはり「厳しいお父さんと優しいお母さん」だと思う。
「家族が第一」「レディーファースト」「父親も子育て、家事に参加を」「自由にやりたいことを」こんなアメリカの夫婦関係、家族の繋がりがどんな悲惨な現状か、もう皆さんもご存知だろう。
スローガンはいいのだが、やはり結果が全てである。
一昔前の日本の家族の繋がりはどうだっただろうか?
確かに女性の地位が低かったことは否めないし、全面的に肯定する気はないのだが、そこに家族の基本があったのではなかったか?
例外はあったにせよ、ニート、家庭内暴力などは珍事だっただろう。

(一昔前の子供がどのように愛情深くかつ厳しく躾けられていたかは、青木玉さん「小石川の家」を読むとよくわかる。
青木さんのお祖父さんは幸田露伴、お母さんは幸田文。ユーモアで「二度はご免蒙りたい」と書かれてはいるのだが、実に清々しい。
その中の一節
「人とのつながりは常に愛憎ともにあると母は言っていた。それを悟らせたのは祖父であろう。堪え得たものだけが知るところである。愛という、この美しく人を和ませ、慕わせ迷わせもする言葉の極まった姿に対して、私はあまりに弱くて幼くて思考及ばず、畏れだけを得たと思う。」)

私は身の回りのことはほとんど自分でできるので(料理は得意)、家事も嫌なことはない。
でも共働きの場合は別にして(この場合は家事は分担するのが当然だと思う。ただあくまでも家事に関して)、男と女の役割分担はあるはず。
これは生物学的特性によるものであり、女性蔑視でもなんでもない。
雌ライオンが「タテガミが欲しい。私たちにもライオン権を!」と言うか?

私がとても不思議なのが、あの「出産の立会い」。
立ち会うお父さんは、優しい父親の鏡のように表現されるが、そーおー?

妊娠でむくんだ苦痛でゆがむスッピンの顔と股間(まあこれは覗かないか)を、亭主に見せることに女性としての恥じらいはないのだろうか?
女性は頑張って丈夫な赤ちゃんを産んで育てる。
その間に男はしっかり働いてミルク代を稼ぎ、家と家族を身を挺して守るのが役目である。
だから、男性の平均寿命は女性のそれより短い。
男はそれを誇りとせねばならぬ。

男の優しさはベタベタすることではない。
それを愛情深いと勘違いする風潮はいつから始まったのか?
嫉妬?これはバカのやることである。
いざというときには家族のために、自分の腕一本切りとって黙って差し出せるかどうかが
男の優しさ。
水上勉さんが書いていた。
「絆というものはあまりベタベタしていると、腐ってくる。」と。

そんな父親の姿を見て、男の子は煙たがりながらも手本とする。
父親の威厳を見て、女の子は自分の伴侶を選ぶ参考にする。
(この件に関しては、私の子供にはこう言ってある。
「おまえがどんな人を選ぶかそれは自由だよ。
相談をされたら、意見は言おう。
でも決して反対はしない。
しかし、そいつがしょーもない奴だったらお父さんは口をきかぬ。
その自由はお父さんにもある。」
もし、本当にしょーもない奴だったらどうしようと思わなくもないのだが、まあそのときは自分が悪いとあきらめないとしかたがない。)

男としての父親が不在の家庭で育つから、男の子がシャンとしない。
女の子はいわゆる「ダメ男」を伴侶に選んでしまう。
選んでしまうというより、選択肢がそういうふうに偏ってしまっているわけだから仕方がないのだが。
またその親も、娘が連れてきたダメ男を見て「○○君は優しそうねー。」などとのたまったりするわけである。

当然その子供たちが作る家庭がどのような家庭になるか?言わずもがな。嗚呼。
虐待を受けて育った子供は、自分の子供を虐待する確率が高いのと同じこと。
ここにも逃れられない「ループ理論」が成り立ってしまう。

親父達!立ち上がるべし。

追記 
私は、自分の子供達は、「風の谷のナウシカ」のように育って欲しいと思っている。
地の果てでも一人で生きていけるそんな逞しさと、他の命のために自分を犠牲にできるような優しさをもった人間になって欲しい。
親の役目は、何かを「してやること」ではなく、何かを「できるようにしてやる」ことである。
「できるように」ということに関しては「行為」も含まれるが、一番重要なのは「正しい考え方を・・・できるようにしてやる」ことである。
それは、これが生きる基本となるから。

 
 

 
posted by maruoka-yoshimitsu at 08:29| Comment(0) | TrackBack(1) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月30日

ワーキングプアと「ループ理論」

今ワーキングプアという言葉が注目を集めている。

ワーキング プア(working poor)は、正社員並みにフルタイムで働いても(またはその意思があっても)生活保護水準以下の収入しか得られない就業者のこと。直訳では「働く貧者」だが、働く貧困層と解釈される。アメリカなどにおいては、失業者ではなく就業していることから、失業問題としては把握されていないものの、その賃金水準が低く、また技能の向上や職業上の地位の向上の可能性が低いことから隠れた労働問題として捉えられている。
ワーキングプアにあたる所得の世帯数は、日本全国で700万ほどと推定され、深刻な社会問題になりつつある。
(Wikipediaより)

NHKの特集で表面に出てきた問題であるが、これを捉える場合「社会として」という言葉が常に付きまとうが、これは決して社会保障で解決できる問題ではない。
もはや社会としての努力では解決できない問題となってしまっている。
つまりますますワーキングプア層は自己増殖的に増大していく。
ここにその理由を「ループ理論」としてこの背景を分析してみよう。

バブル崩壊後、企業は生き残りの道を模索してきた。
盛んに行われたのがいわゆる「リストラ」といわれるもの。
これはrestructuringの略で、本来の意味は「再構築」である。
組織、生産構造などを無駄のないように再編成するという意味なのだが、リストラは人員整理の代名詞となってしまっている。
つまり、企業は収益を確保するためにまず第一に人件費の削減に手をつけた。
当然、無能な社員の首切りが行われる。そしてその穴埋めとしてパート、アルバイト、派遣社員を雇用することになる。
それは人件費において増大していく社会保険料などの負担を軽減し、企業の収益を徐々に改善させていった。

しかしその構造は、底辺の労働者の賃金を低下させ、社会的地位を不安定なものにする。
そして不安感を持ちながら生活する労働者の消費意欲を低下させ、社会全体の消費が一見伸び悩むように見える。

例えばあなたがワーキングプアとなった場合、どのような消費行動をとるだろうか?
まず第一に重視するのが「価格」であろう。
より安価であることが選択の第一となるはずである。その次に品質となる。
つまり、製品は安くなければ売れない。

いわゆる構造というものを汎用でとらえた場合、正三角形の形をとると仮定すると、


tri.jpg


この図のように真ん中から下は全体の75%を占める。
つまり大企業で大量生産される商品を消費する大部分は中間層以下のいわゆる大衆である。
前述のように、大量生産品はもはや「安価」ということが売れるための第一条件となる。
そのため企業はコスト削減を第一に考えないといけない。
コスト削減に大きく影響するのが「原材料費」と「人件費」」なのだが、原材料費は昨今の原油価格の高騰などにより、削減には限界がある。
となると、残る道は人件費の削減しかなくなる。

今年は企業の収益が大きく改善し、税収も大きく伸びた。
しかし統計上では、一般の所得の伸びは現れていない。
これにはどういう意味があるのか?

企業の収益は伸びているわけであるから、当然給与も上昇している。
しかし、その上昇のしかたが今までとは変わってきているのがその理由。
大きく給与が上昇している社員と、上昇しない、もしくは給与が下がる社員がはっきりしているわけである。
これを平均すると見かけ上所得は上昇していないように見える。

戦後60年の日本の復興、経済発展は奇跡といっていいだろう。
多少の紆余曲折はあったにせよ、全体としてみれば右肩上がりの発展であり、そこでも一番特異であったことは、社会全体が平均的にそうであったということ。
つまり、能力があるものないもの全てが右肩上がりの成長の恩恵を受けられたということであり、そこにピリオドが打たれたのがバブル崩壊である。
今、ワーキングプアを語るに当たって一番の問題は、この特異であった期間を基準として考えられているということ。
この期間が特別であったわけであり、反対に今の構造のほうが資本主義経済としては当たり前の状況なのだ。

古来、文明は下層階級や奴隷による苛酷な労働によって支えられてきた歴史がある。
そこに蓄積された不満により王朝が転覆するということもしばしば起こった。

成熟した社会では、そのような階級が存在することが当たり前なのである。
このワーキングプアは日本だけの問題ではない。

記憶に新しいニューオーリンズの水害で、繰り返し報道されたあの光景。
水浸しになり、生命の危険にさらされながらも自分の家から避難しない黒人たち。
あの光景を「頑固な」「無知な」ととらえてはいけない。
あの黒人たちはワーキングプアなのである。
それも日本のそれより深刻な。

一軒家に住んではいるが、その価格は日本のそれより桁が一桁安いものであるし、借家も多い。
そして、あの黒人たちはクレジットカードはおろか、銀行口座すらも持っていないケースがほとんどである。
つまり、あの水浸しになった家が彼らの全財産なのだ。
それを失うということは・・・
だから離れるわけにはいかなかったわけである。

ヨーロッパにおいてもそれは同じ状態といえる。
例えばフランス。
成熟した文化の国である。
しかしその底辺を支えている労働力はアフリカ系などの移民によるものであり、これがワーキングプア層。
なので、最近はしばしば抑圧された移民や下層階級による暴動が起こっている。

つまり、ワーキングプアは出現するべくして現れた問題であって、社会保障などで解決できる問題ではないのだ。

前述したように、これからの製品は安くなければ大量には売れない。
企業は価格を安くするためにはコストを下げなければならない。
コストを下げるためには人件費を削減しなければならない。
なので、自社の社員を明確に二分して考えていく。
単純労働者と管理者や技術者。
単純労働者には労働対価しか支払われない。
労働対価であるので、定期昇給や今までのベースアップなどはもはや考慮されない。
(日本経団連は2006年12月、2007年春闘の経営側の指針となる「経営労働政策委員会報告」の中で、短期的な業績の向上はボーナスのみに反映させるべきだとの姿勢も示し、「(賃金表そのものを書き換えるなどして賃金を一律に底上げする)市場横断的なベースアップはもはやありえない」と明記している。)

また下請けをもっと多く使い自社の製造ラインのコストを下げようとする。
コスト削減のため、下請けに更なるコスト削減を要求する。
そのため下請けの企業も、人件費の削減のため労働者の賃金を下げる。
下請けの労働者の消費意欲は減退し、さらに安い製品を購入しようとする。
当然、より安価な製品しか売れなくなる。
多数派の下層労働者が大企業の顧客であるから、このような消費行動により、大企業はさらに安い製品を市場に投入しなければ売り上げが伸びない。
そのために更なるコストの削減が必要となる。
そして、さらに賃金が下がる・・・

その証拠に、最近は景気は回復傾向にあるといわれているが、消費者物価は上昇せず、デフレ傾向からも脱却していない。

これがワーキングプアが自己増殖していく「ループ理論」であり、このようにもはや抜け出す道は残されていない。
しかし、本来は需要と供給のバランスというものがあり、このおかげで今までは無理な体勢はゆるやかなスパイラルを描いて補正されてきた。

自然界の食物連鎖を例にとってみよう。
たとえば食物連鎖の頂点に立つライオンとその餌となるシマウマ。
ライオンはシマウマを捕食することで生きている。
ライオンの数が増えるとシマウマの数は減っていく。
当然餌となるシマウマが減ると、ライオンの数も減っていく。
ライオンの数が減ると、今度はシマウマの数が増えていく。

このようにうまくバランスがとれ、そのためシマウマが増えすぎてサバンナの草が食べつくされないようにもなっている。

ここでライオンを大企業に、シマウマをワーキングプア置き換えてみる。
シマウマは減ることがあるが、ワーキングプアは今まで述べた理由でもはや減ることはない。
当然人間社会であるので、生活保護などで生存は保障されているからシマウマが死に絶えることもない。
つまりライオンの数は減らず、もはや自然な調整が効かないのである。

といっても、今まではその調節機能が働いていた。
好景気になれば労働力が不足する。
そうなれば賃金を上げて労働者を募集しないと労働力は確保できなかった。
しかし、現在はロボット技術の発達により、単純作業はあるコストをかければ機械化することができる。
あるコストとは、上昇した賃金に見合うコスト。
つまり、今下請けなどに回ってくるほとんどの作業は、機械化するよりコストが安いと企業が判断した作業であるから、それ以上のコストになれば機械化されるわけである。
そうなると今度はシマウマが食べる草がなくなってしまうこととなる。
結局、シマウマはライオンの近くの危険な場所の草を食べなくては生きていけないから、最終的にはライオンの餌食になってしまう。

つまり、ここでも「ループ理論」が成り立ってしまうわけである。

では、これからの企業というものはどういうふうになっていくのか?
SF(サイエンスフィクション)は単なる空想の産物ではない。
「人が思うことは成し遂げられる」という言葉のとおり、そのときは夢物語であったことも必ず現実化する。

特にこのスピードは非常に加速度を増している。
私が子供のころ、今のようなコンピューターの発達、テレビ電話などほとんどの人がその実現を予想もしなかった。
ロボットにしても、アシモのような人間型のロボットは夢以外のなにものでもなかった。
しかしもうそれは現実である。

そのSF小説で近未来が描かれるとき、複合企業が政府に近い役割を果たしているという姿がよくある。
わかりやすいのが「ロボコップ」であろうか。
この映画では企業が警察業務の請負をしている。

つまりこれからは、企業が政府の役割を果たしていく。
小泉政権の時代「政冷経熱」といわれ、中国や韓国とは政治的にはほとんど交流がもたれなかったが、その間にも企業のトップは要人と会談を持ち交流を深めていた。
2005年9月に奥田経団連会長(トヨタ自動車会長)が胡錦濤主席と靖国問題で極秘会談をし、胡主席の要請により奥田会長は靖国参拝の中止を小泉元総理に要望、中止にはいたらなかったが、その結果小泉元首相は平服で、ポケットから100円硬貨を取り出して賽銭箱に投げ入れるという一般人と同じ参拝スタイルになったと言われている。
こうなればもはや民間の外務大臣である。
このとき政府の外務大臣はどんな働きができただろうか?

もう日本の大企業は小さな政府といってよい。
雇用はもちろん、教育、社会保障すら自己完結型で行っていける力を持っている。
来年に予定されている税制改革も、企業に非常に有利な改革である。
これはなるべくしてなっている流れであり、もはや押しとどめることはできないのだ。
このようにもはや政府が規制できないわけであるから、企業が政府になっていくと言い切っても過言ではないだろう。

こういう流れからもワーキングプアの問題はもはや小手先の政策では解決できないのだ。
しかし、私はこれでいいと思ってはいない。
このままでは確実に日本の国力と日本人の尊厳は失われていく。
そのためには、構造の改革より「意識」の改革をしていく必要に迫られている。

続く
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2006年12月06日

紅葉も終わり

この日曜日の京都はすごい観光客でした。
でもそろそろ紅葉も終わりなんでしょうか?
残念ながら私は全く見る機会がありませんでした。
まあ、毎年のことですが。
なので、せめて写真で紅葉の名残を惜しみましょうか。



心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。
かんじんなことは、目に見えないんだよ。

星の王子様




花はその花弁のすべてを失って果実を見いだす。

タゴール




他人の過失を見るなかれ。
他人のしたこととしなかったことを見るな。
ただ自分のしたこととしなかったことだけを見よ。

ブッダ




りんとした気持ちでいれば、
七呼吸の間に判断がついてしまうものである。

葉隠




たいせつなのはどれだけたくさんのことをしたかではなく、
どれだけ心をこめたかです。

マザー・テレサ




彼は何も知らないのに、何かを知っていると信じており、
これに反して私は、何も知りもしないが、知っているとも思っていない。

ソクラテス

 
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2006年01月09日

成人式


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街にでましたら、晴れ着姿の若者をたくさん見ました。
今日は成人式なんですね。
さあ大人の仲間入りですが、辛いこと、悲しいことを踏み越えての大人ですから、くじけずに苦しい時こそ頭を上げて歩んで欲しいものです。

本日のほぼ日刊イトイ新聞デリバリー版より、ちょっと心温まるお話をどうぞ。

●1月1日、正月のことです。
 年賀状を出しにいった郵便局の駐車場でぶつけてしましました。
 全面的に私の不注意で、相手の方の車はベコッとへこんじゃいました。
 相手の方はとてもやさしい老夫婦で、
 「いい厄落としになったわ」
 と笑って言ってくれ、落ちこむ私に
 「そんなにしょげるな、しょげるな」
 とも、言ってくださりました。
 そして今日、あらためてご自宅へ気持ちばかしの菓子折りを持って
 ごあいさつにいってきました。
 玄関先でいろんなお話をして、
 そこでも、車をぶつけちゃった私のことを
 気遣ってやさしい言葉をかけてくれました。
 帰りの車の中で、突然、涙があふれてきました。
 その相手のおじいさんは
 2年前に亡くなった私の祖父に感じが似ていて、
 まるでおじいちゃんと話しているようだったのです。
 私の大好きだったおじいちゃんと、また
 会えて話ができた気がして、涙がとまりませんでした。
 なんだか誰かに聞いてほしくてメールしちゃいました。


●10年前、
 ホームステイをしていました。
 スコットランドのエジンバラ。
 寒い寒い場所です。
 夜の21時には家族みんなで
 お茶とビスケットを食べていました。
 いつも、いい子で通してきたのですが、試験勉強のいきづまりのイライラと、
 言葉の通じない国でのストレスが重なり、
 ある1日だけ、まわりからみたら
 気をつけてないとわからないくらいですが、
 “ピリッ”としてしまっていた自分がいました。
 (そのことを、その日、恥ずかしく思っていました)
 ホストマザーのケリーは、ホームステイ先の唯一の理解者とも言える人で、
 ケリーはその日もいつもどおりにミルクティーをソファーに持ってきてくれましたが、
 飲んでみると、「いつもどおり」のものではありません。
 すこしだけ、蜂蜜が入っていました。
 「おちついてね」という甘い優しい気持ちが伝わってきて、
 ちょっと、泣きそうになったのを、こらえました。
 ごめんなさいと思いました。気を使わせてしまった。
 うまくいえないのですが、その時のことは私には大事なことですし、
 冬にあたたかいミルクティーを飲むたびに思いだすので、
 言葉にしてみました。あらためて懐かしくなりました。

 
posted by maruoka-yoshimitsu at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月07日

人生いろはかるた

  あ     あきらめきれない夢がある
  い     今しかできないことがある
  う     うまくいかないこともある
  え     選ぶだけではものたりない
  お     思うだけでははじまらない

  か     完璧なんてありえない
  き     気づいてからでもおそくない
  く     苦しくなったらすぐやめる
  け     計算どうりじゃつまらない
  こ     こんどはきっとうまくいく

  さ     最初は失敗してもいい
  し     失敗なんて怖くない
  す     好きなことなら頑張れる
  せ     世間はそんなに辛くない
  そ     それでもやりたいことがある

  た     たとえダメでも次がある
  ち     ちょっとやそっとじゃ挫けない
  つ     疲れたときはひとやすみ
  て     天下とるのも悪くない
  と     とにかく実行してみよう

  な     なんでも出来るわけがない
  に     苦手なことは無理しない
  ぬ     抜かされたって焦らない
  ね     年齢なんて気にしない
  の     のんびりじっくりやればいい

  歯     恥をかいてもかまわない
  ひ     開きなおれば怖くない
  ふ     普通や並じゃつまらない
  へ     へたでも好きなら続けよう
  ほ     ほんとに好きなことをやる

  ま     間違うこともムダじゃない
  み     未来は誰にもわからない
  む     難しいとは思わない
  め     めいっぱいまでやってみる
  も     もっといろいろしてみたい

  や     やってみないとわからない
  ゆ     夢はでっかいほうがいい
  よ     よけいな事は考えない

  ら     楽はするけど手抜きしない
  り     理由はなんでもかまわない
  る     類をみないと言われたい
  れ     歴史にのこる人になる
  ろ     ろくでもないことしてみたい

  わっ!
  を!?
  ん?

 
posted by maruoka-yoshimitsu at 11:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月11日

今日はデスクワーク

 


今日はデスクワークである。
朝はニュースなどを見ながらゆっくりし、遅いスタートだ。

モニターに写っているのはインプラント用のCT画像。
画像処理されたものがメールで到着する。
その上でソフトを使用して、実際にインプラントを骨の中に入れていく。

骨の高さ、幅、固さ、神経や上顎洞などを見ながら、インプラントの長さや太さ、入れる角度などをシュミレーションする。
これは便利だ。

アレやコレヤやりながら1時間ほど格闘して、さあそろそろ終わろうと思ったらセーブを忘れて画面を閉じてしまって・・・パァ!

ガーン!!!!!

まあ、記録は模型やペーパーにとってあったのでやり直しはすぐできた。
考えるのに時間がかかるわけですから。

私が頑張って働いていると、知り合いからは「なんでそんなに働くの?」と言われる。

私の病院のIT関係でお世話になっているFさんと、月に1回打ち合わせで顔を合わせる。
(月1といっても、メールでのやり取りはかなりあり、ホームページはもちろんこのブログに関してもずいぶん助けていただいている。)

そのときは飲みながらいろんな話で盛り上がる。
共通の知り合いは私たち2人がどんな会話をしているかとても興味があるらしい。
(二人ともかなり濃いキャラだし)

最近悔しいのは、Fさんに読書量ではかなり遅れをとっていること。
今もFさんのブログを見たら「国家の自縛」の書評がエントリーされていた。
まだそれ読んでないのよね。
その前の「国家の罠」を読み終わったところ。

まあそれはさておき、そんな二人が日本を憂いて、

F「今の若い子は何であんなんでしょうね。」(NEETなど)
M「そら、食えるからでしょう。
  自分が働かんかったら本当は路頭に迷うわけで、とどのつまりは親の責任。
  働きもせんえー歳の子供を家において食わす親が悪い。
  NEET問題の解決法?そんなん簡単です。
  叩き出せばいいだけですよ。」
F「そうですねー。やっぱり環境の問題か。」

というような会話をよくしていた。
で、今日内田樹先生のブログを見たらこんなエントリーがあった。
関係するところだけ抜粋する。

.........................................................................
「生き延びる力」

(略)
私が重視するのは、「コミュニケーション感度」である。
こちらのモード変換にどれくらいすばやく反応するか、その反応速度でだいたい点数が決まる。
(略)
それは「生き延びるためにどうすべきか」という生物にとってもっとも喫緊な問いを自らに向ける必要がない、というある意味では「ありがたい」状況が長期にわたって続くことがもたらした病である。
「明日も今日と同じように平和が続く」という条件を丸飲みにして、危険に対する緊張感を失った生物は「生き物」として脆弱になる。
これは避けがたい。
緊張感の欠如がもたらす脆弱さの端的な徴候は「視野狭窄」である。
言い方を換えれば「未知なるものに対する想像力」の欠如である。
自分自身の足下が崩れるようなシステム・クラッシュの可能性をつねに勘定に入れる習慣を失った生物は、パニックに際会したときに生き延びることができない。
「パニック」というのは、「手持ちの判断基準が使い物にならなくなる」という事態のことである。
何も判断基準がなくても、生物は生き延びるためには判断しなければならない。
この矛盾に耐える力をどう育成するか。
むずかしい宿題である。
とりあえず、ひとつだけわかっていることがある。
それはどんな場合でも、とりわけ危機的状況であればあるほど、「他者からの支援」をとりつける能力の有無が生き延びる可能性に深く関与するということである。
他者からの支援をとりつけるための最良のアプローチは何か?
たぶん、ほとんどのひとは驚かれるだろうけれど、それは「ディセンシー」である。
「強い個体」とは「礼儀正しい個体」である。
この理路は、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない。
.........................................................................

親に楯突いたらどうなるか?
そんなことは体に叩き込まれた。
だから私は目上の人に逆らわない。
だから可愛がってもらえる。
子供のころは毎日が結構緊張してたし、だから今でも「働かんと明日はないかも」と思うので働ける。

NEETを抱えている方がおられたら、最低の礼儀を教育したうえで一刻も早く叩き出しなさい。
(ただ、刺されないように注意はしてね。最近は怖いから。)

  
posted by maruoka-yoshimitsu at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする