それからは、いろんなことを話しました。
「Kさん。息子は今年中学はいったで。娘は高二。再来年は大学受験や。」
「早いもんやなぁ。」
「息子は○○中学。」
「へぇ。○○受かったんか〜。」
「娘は、下宿せんといける国公立めざしてくれてる。」
「さすがや。」
娘も息子もKさんのことは知っています。
娘は3歳ぐらいのときから、Kさんのいた居酒屋のカウンターでジュースをのんでいましたから。
このあたりで、Kさんはベッドの柵に洗濯バサミでとめてあったシリコンチューブをはずしました。
そして、口にくわえます。
ジュー ジュー ジュー
バキュームです。
呑み込めない唾液を吸っているのです。時々「オエッ」となりながら。
「まるちゃん。こんな機械あるやろか?」
「携帯用のバキュームか?」
「そう。退院して家に帰ったときに、いるから。」
「今は。介護用品なんでもあんで。」
「リースで?」
「あるから。探したげるから。」
「そう。」
「わし、前、大部屋にいたんや。」
「そうやん。その部屋番号をR姐さんから聞いてたから、そこ行ったら名前なかったし、びっくりした。」
「ははは。」
「わし、睡眠薬飲んでねてるから、そしたら夜中にこれが(傍らのモニター)ピーピー鳴るんや。でも気付かん。」
「はは。夜中にうるさいなぁ。」
「そやから、おんなじ部屋の人が、ナースコール押して、看護師さんが来たら、これこれって(モニターを指さす)。」
「そしたら、婦長さんがきて、『Kさん、個室に移ってもらえませんか?』やて、『わし、そんなお金ありませんよー』って言うたら、『今と同じ値段でいいですから』って。」
「なんで?」
「これや。」(部屋の隅を指さす)
部屋の隅に本当に小さい小さいシャワーの設備があった。
「これ使えへん。欠陥品や。だからおんなじ値段。」
「そうかぁ。でもまあよかったやん。」
食道がん#4に続く