昨日の[危機 府立病院にて]の続き。
前を歩いていた梅宮さんが振り返り、LARKのパッケージを取り出した。
そして、タバコを1本私に差し出し、銀のライターで火をつけた。
梅宮さんは自分もタバコをくわえ、深々と一服したあと、私の顔をじっと見た。
「先生・・・」
「ハイッ!」
「先生はやさしい人やなー。」
「ヘッ!」
「こんな夜中に、ここまで一緒には来てくれへん。」
「アッ。まあ、仕事ですから。」
「そうかー?
実は、ワシも歯が悪うて、高槻の歯医者に通ってるんや。
あの先生、こんなことしてくれへんやろなー。
それでな、相談やけど、先生見てたら、ワシ、先生に治療してもらおかと思うてるんや。」
「エッ。なんでまた。」
「いろいろやってるんやけど、も一つ具合が悪い。
ワシも先生のとこ行っていいか?」
一難去ってまた一難。
前門の虎、後門の狼。
新たなる危機である。
待合室に梅宮さんが座っている光景を想像すると・・・
「ウーン。どうでしょうかねー。どこが具合が悪いんです?」
「かみ合わせがなー。前からずっと悩んでる。」
「でも、かかりつけの先生があるのでしたら、やっぱりそちらで治療してもらったほうがいいんじゃないですか?
私の所へこられても、また一からですしねー。」
(クッ クッ 苦しい・・・)
「そんなもんかー?」
そこへナオミさんが出てこられた。
「終わったよ。」
「おい。大丈夫か?」
「だいぶ、楽になってきた。」
「そうか。
ほな、先生送るわ。」
「先生。家どこや?」
「病院の近くです。」
帰り道は最高級のベンツの乗り心地を充分に味わいつつ、もうあの話が出てこないように心底祈っていた。
家の前まで送ってもらい、別れ際に
「先生ほんまにありがとうな。」
と梅宮さんは言われた。
もうあの話は出なかった。
帰ったらもう午前1時をまわっていた。
それからワインを1本空けた。
3時ごろに寝たのを覚えている。
まさか、それから梅宮さん一家とのお付き合いが始まるとは夢にも思わずに・・・
___続く___
2005年03月06日
2005年03月05日
危機 府立病院にて
もう10年以上前のこと。
患者様のことなのだが、もう故人となられたので書いてもいいだろう。
ある女性が「奥歯がひどく痛い」とのことで来院された。
すらりとした美人。
だが一目でカタギの方ではないとわかった。
と言っても、岩下志麻風ではなく、モデル風。
レントゲンを撮ってみると、神経がない歯が炎症を起こしている。
歯自体の痛みではなく、細菌が根の先から骨の中へ出て行き、骨の中で膿が溜まりはじめていた。
このような場合激烈な痛みになることがある。
被せてあるクラウンをはずし、根管治療といって歯の中の消毒をした。
内部から膿がでる場合は痛みが急速に引くが、膿がでない場合はこの治療をしても痛みにはさほど変化はない。
抗生物質を大量に投与し、効果がでてくるのを待つしかない。
この方(ナオミさんとする)はこの大変不幸なパターンだった。
「痛い 痛い」と毎日来られるがどうしてあげようもない。
休診の土曜日、日曜日も電話があり、とりあえず気休めの根管治療をした。
その日曜日の夜11時ごろ。
テレビを見ていたら、電話がなった。
「ナオミの家のもんや。
こいつは辛抱つよい女で、痛いと言うたことはない。
そいつが涙ながしている。
どうなっとるんや!」
かなり迫力のある声。サーッと血の気が引いた。
「これこれこういう状況で、薬が効いてくるのを待つしかないんです。」
「なんか方法があるやろ。」
「大きな病院で抗生物質の点滴をしてもらうぐらいしかないでしょう。」
「そうせえ。」
「わかりました。とりあえず病院に来てください。」
そのころ同級生のOが府立病院の歯科にいたので、すぐに連絡し、状況を説明した。
「わかった。当直に電話しとくからすぐに行け。」
病院の前にいくと、白い大きな車が止まっていた。
その時は暗くてわからなかったが、後でベンツの最高級車ということがわかった。
「先生。ワシの車でいく。」
その男性(梅宮さんとする)はもちろんその筋の方である。
梅宮辰夫×1.5ぐらいの恰幅。
東映映画に出ても充分に通用する。
後部座席に乗り込んだ。乗りごごちは素晴らしいのはわかるのだが、生きた心地はしない。
ナオミさんは目を閉じて、頬を押さえぐったりとしている。
梅宮さん 「おい。なんとかならんのか。」
私 「先ほどお話したとおりで、抗生物質が効いてこないと・・・」
梅宮さん 「・・・・・」
ナオミさん「先生、休みやのに、昨日も今日も診てくれた。」
私 (ホッ。)
府立病院に到着。
緊急の入り口から入る。
すぐにOの後輩のT先生が来てくれて、
「O先生から電話ありました。とりあえず血液検査をします。」
採血後、結果が出るまでナオミさん、梅宮さん、私の3人が緊急処置の待ち合い室で待つ。
相変わらずナオミさんはぐったりとしている。
空白の時間
案外こういう状況では冷静になるものである。
というか、頭の中も空白になっていたのかもしれない。
10分ほど経ったその時である。
それまで目を閉じていたナオミさんがパッと目を開け、
「あっ。楽になった。」
と言った。
抗生物質が細菌に勝利した瞬間だった。
これを目の当たりにできることはあまりない。
そこにT先生が来られた。
「丸岡先生。こちらへ。」
と医局へ通された。
「先生。白血球数が8,000です。10,000越えないと、決まりで点滴は出来ないんです。」
「そうですか、幸い、今、山を越えたようです。
ありがとうございました。」
このことをナオミさん、梅宮さんに伝えた。
ナオミさんは少し元気になっており、もちろん痛みが引き始めていたので、
「ああそうか。」
となった。
ナオミさんが自分で会計をしているとき、
「先生、たばこ吸うか?」
「はい。」
「ほな、駐車場いこか。」
私は梅宮さんに連れ出された。
スロープを歩いて降りたが、右足と右手、左足と左手が一緒に前に出る
『ああ。もうこれはあかん。
どんな因縁つけられるやろ。
お金で済むやろか?
小指なくなっても診療はできるやろけど、患者さんはけえへんようになるやろなぁ。』
前を歩いていた梅宮さんが振り返り、LARKのパッケージを取り出した。
そして、タバコを1本私に差し出し、銀のライターで火をつけた。
___ 続く___
患者様のことなのだが、もう故人となられたので書いてもいいだろう。
ある女性が「奥歯がひどく痛い」とのことで来院された。
すらりとした美人。
だが一目でカタギの方ではないとわかった。
と言っても、岩下志麻風ではなく、モデル風。
レントゲンを撮ってみると、神経がない歯が炎症を起こしている。
歯自体の痛みではなく、細菌が根の先から骨の中へ出て行き、骨の中で膿が溜まりはじめていた。
このような場合激烈な痛みになることがある。
被せてあるクラウンをはずし、根管治療といって歯の中の消毒をした。
内部から膿がでる場合は痛みが急速に引くが、膿がでない場合はこの治療をしても痛みにはさほど変化はない。
抗生物質を大量に投与し、効果がでてくるのを待つしかない。
この方(ナオミさんとする)はこの大変不幸なパターンだった。
「痛い 痛い」と毎日来られるがどうしてあげようもない。
休診の土曜日、日曜日も電話があり、とりあえず気休めの根管治療をした。
その日曜日の夜11時ごろ。
テレビを見ていたら、電話がなった。
「ナオミの家のもんや。
こいつは辛抱つよい女で、痛いと言うたことはない。
そいつが涙ながしている。
どうなっとるんや!」
かなり迫力のある声。サーッと血の気が引いた。
「これこれこういう状況で、薬が効いてくるのを待つしかないんです。」
「なんか方法があるやろ。」
「大きな病院で抗生物質の点滴をしてもらうぐらいしかないでしょう。」
「そうせえ。」
「わかりました。とりあえず病院に来てください。」
そのころ同級生のOが府立病院の歯科にいたので、すぐに連絡し、状況を説明した。
「わかった。当直に電話しとくからすぐに行け。」
病院の前にいくと、白い大きな車が止まっていた。
その時は暗くてわからなかったが、後でベンツの最高級車ということがわかった。
「先生。ワシの車でいく。」
その男性(梅宮さんとする)はもちろんその筋の方である。
梅宮辰夫×1.5ぐらいの恰幅。
東映映画に出ても充分に通用する。
後部座席に乗り込んだ。乗りごごちは素晴らしいのはわかるのだが、生きた心地はしない。
ナオミさんは目を閉じて、頬を押さえぐったりとしている。
梅宮さん 「おい。なんとかならんのか。」
私 「先ほどお話したとおりで、抗生物質が効いてこないと・・・」
梅宮さん 「・・・・・」
ナオミさん「先生、休みやのに、昨日も今日も診てくれた。」
私 (ホッ。)
府立病院に到着。
緊急の入り口から入る。
すぐにOの後輩のT先生が来てくれて、
「O先生から電話ありました。とりあえず血液検査をします。」
採血後、結果が出るまでナオミさん、梅宮さん、私の3人が緊急処置の待ち合い室で待つ。
相変わらずナオミさんはぐったりとしている。
空白の時間
案外こういう状況では冷静になるものである。
というか、頭の中も空白になっていたのかもしれない。
10分ほど経ったその時である。
それまで目を閉じていたナオミさんがパッと目を開け、
「あっ。楽になった。」
と言った。
抗生物質が細菌に勝利した瞬間だった。
これを目の当たりにできることはあまりない。
そこにT先生が来られた。
「丸岡先生。こちらへ。」
と医局へ通された。
「先生。白血球数が8,000です。10,000越えないと、決まりで点滴は出来ないんです。」
「そうですか、幸い、今、山を越えたようです。
ありがとうございました。」
このことをナオミさん、梅宮さんに伝えた。
ナオミさんは少し元気になっており、もちろん痛みが引き始めていたので、
「ああそうか。」
となった。
ナオミさんが自分で会計をしているとき、
「先生、たばこ吸うか?」
「はい。」
「ほな、駐車場いこか。」
私は梅宮さんに連れ出された。
スロープを歩いて降りたが、右足と右手、左足と左手が一緒に前に出る
『ああ。もうこれはあかん。
どんな因縁つけられるやろ。
お金で済むやろか?
小指なくなっても診療はできるやろけど、患者さんはけえへんようになるやろなぁ。』
前を歩いていた梅宮さんが振り返り、LARKのパッケージを取り出した。
そして、タバコを1本私に差し出し、銀のライターで火をつけた。
___ 続く___
2004年12月31日
ハワイ昏睡事件
今から30年以上の話である。
私の父の実家は徳島県の池田の山の中である。
あとを継いでいる叔父が、ある日家に来て喋っていた。
「ワシが去年仲人した夫婦やけど、新婚旅行にハワイにいったんや。
そんで、喫茶店に入ってコーヒー飲んだら意識がなくなってしもうたんやて。
気が付いたら、二人とも道路の端に寝かされてた。
取られたもんもないし、ケガもしてへんかったからそのま帰ってきた。
そしたらおめでたや。
今年になって子供生まれたんやけど、全身真っ黒やった。
ワシ相談されたけど、どうしようもないわ。
困っとる。」
あとどうなったか聞きそびれたままだが、その当時、外国人を見たことがない人がほとんどの山村で、その子はどうなったのだろうか。
私の父の実家は徳島県の池田の山の中である。
あとを継いでいる叔父が、ある日家に来て喋っていた。
「ワシが去年仲人した夫婦やけど、新婚旅行にハワイにいったんや。
そんで、喫茶店に入ってコーヒー飲んだら意識がなくなってしもうたんやて。
気が付いたら、二人とも道路の端に寝かされてた。
取られたもんもないし、ケガもしてへんかったからそのま帰ってきた。
そしたらおめでたや。
今年になって子供生まれたんやけど、全身真っ黒やった。
ワシ相談されたけど、どうしようもないわ。
困っとる。」
あとどうなったか聞きそびれたままだが、その当時、外国人を見たことがない人がほとんどの山村で、その子はどうなったのだろうか。
2004年12月25日
「踏んだり蹴ったり」事件
5年ほど前のことである。
診療が終わって犬の散歩に行った。そのころはボルゾイという超大型犬を飼っていたので、運動量が多く自転車で走らせていた。
五条烏丸の交差点(かなり大きい)に来たとき、交差点の真ん中で人だかりがしているのが見えた。
事故らしい。
こういう場合、歯がつくとはいえ医者の性で、「何か出来ることは?」と思ってしまう。パール(ボルゾイの名前)を歩道の手すりにつなぎその場所に行ってみた。
すると、バイクが倒れており、その横で若い女性が横すわりになって、「痛い。痛い。」と泣いている。
見ると、左足の脛の真ん中が不自然に少し曲がっている。骨折しているようだ。そっと触ってみると、やはり折れているが、他に外傷はないようだ。
「頭は打った?」
「お腹は痛くない?」
「ううん。」
添え木をしようかとも思ったが、この街中だし、周囲の人に、
「救急車は呼びましたか?」
と聞くと、「呼んだ。すぐ来る。」と誰かがいったので、女性の体をそっと動かし、楽な姿勢にして、「大丈夫だから。救急車すぐ来るし。」と励ました。
すると、若い女性が「○○ちゃん。どうしたの。」と駆け寄ってきた。
偶然に友達が通りかかったらしい。
「友達?」
「そうです。」
「足の骨が折れている。お家の電話わかる?」
「わかります。」
「もうすぐ救急車がくるから、あなたそれに一緒に乗っていってあげて。」
「はい。わかりました。」
そのとき、作業服を着た50歳ぐらいの男性が近づいてきた。
事故の当事者らしい。右折の時に巻き込んで、事故になったようだ。車を道路の端に移動させやってきたのだろう。
事故を起こしたショックで、顔面蒼白である。
倒れている女性に近づき、
「どうしたんや。どこや。」
「足が、足が痛い。」
そうしたら、動揺している男性は、
「ここか!」
といきなり、骨折している足を鷲づかみにして、激しく揺すったのである。
女性は、
「ギャー!痛い。痛い。」と叫んだ。
私は思わずそのおっさんを「アカン」と言って、突き飛ばした。
そのころ、救急車のサイレンが聞こえだし、到着した。
救急隊員に、
「左足が骨折しています。この人の友達がいっしょに乗っていきます。」
と言って、私は現場を離れた。
私達歯科医も患者様がショックなどを起こした時のために、救命救急の訓練を受けることがある。血管確保など色々な緊急時の原則があるが、ある講習で講師が、
「自分の治療中の患者がショックを起こしたとき、当事者は動揺します。正常な判断ができなくなることがよくあります。ですから、何をするにもまず原則は、掃除のおばちゃんでもだれでもいいから第三者を呼びなさい。」
と言っていたのを思い出す。
人間動揺すると、やはり何をするかわからないものだ。
しかし、あれは痛かったと思う。まさに踏んだり蹴ったりだった。
診療が終わって犬の散歩に行った。そのころはボルゾイという超大型犬を飼っていたので、運動量が多く自転車で走らせていた。
五条烏丸の交差点(かなり大きい)に来たとき、交差点の真ん中で人だかりがしているのが見えた。
事故らしい。
こういう場合、歯がつくとはいえ医者の性で、「何か出来ることは?」と思ってしまう。パール(ボルゾイの名前)を歩道の手すりにつなぎその場所に行ってみた。
すると、バイクが倒れており、その横で若い女性が横すわりになって、「痛い。痛い。」と泣いている。
見ると、左足の脛の真ん中が不自然に少し曲がっている。骨折しているようだ。そっと触ってみると、やはり折れているが、他に外傷はないようだ。
「頭は打った?」
「お腹は痛くない?」
「ううん。」
添え木をしようかとも思ったが、この街中だし、周囲の人に、
「救急車は呼びましたか?」
と聞くと、「呼んだ。すぐ来る。」と誰かがいったので、女性の体をそっと動かし、楽な姿勢にして、「大丈夫だから。救急車すぐ来るし。」と励ました。
すると、若い女性が「○○ちゃん。どうしたの。」と駆け寄ってきた。
偶然に友達が通りかかったらしい。
「友達?」
「そうです。」
「足の骨が折れている。お家の電話わかる?」
「わかります。」
「もうすぐ救急車がくるから、あなたそれに一緒に乗っていってあげて。」
「はい。わかりました。」
そのとき、作業服を着た50歳ぐらいの男性が近づいてきた。
事故の当事者らしい。右折の時に巻き込んで、事故になったようだ。車を道路の端に移動させやってきたのだろう。
事故を起こしたショックで、顔面蒼白である。
倒れている女性に近づき、
「どうしたんや。どこや。」
「足が、足が痛い。」
そうしたら、動揺している男性は、
「ここか!」
といきなり、骨折している足を鷲づかみにして、激しく揺すったのである。
女性は、
「ギャー!痛い。痛い。」と叫んだ。
私は思わずそのおっさんを「アカン」と言って、突き飛ばした。
そのころ、救急車のサイレンが聞こえだし、到着した。
救急隊員に、
「左足が骨折しています。この人の友達がいっしょに乗っていきます。」
と言って、私は現場を離れた。
私達歯科医も患者様がショックなどを起こした時のために、救命救急の訓練を受けることがある。血管確保など色々な緊急時の原則があるが、ある講習で講師が、
「自分の治療中の患者がショックを起こしたとき、当事者は動揺します。正常な判断ができなくなることがよくあります。ですから、何をするにもまず原則は、掃除のおばちゃんでもだれでもいいから第三者を呼びなさい。」
と言っていたのを思い出す。
人間動揺すると、やはり何をするかわからないものだ。
しかし、あれは痛かったと思う。まさに踏んだり蹴ったりだった。
2004年12月19日
「アリコ」事件
全国的にラグビーで有名な京都のF工業高校。
スクールウォーズのモデルになった学校である。
私も高校時代ラグビーをやっていたので、あることがきっかけでこの関係者の人々と知り合いになり、飲みにも行っていた。
この高校の卒業生Uが主人公。この当時19歳ぐらいだったと思う。補欠ではあるが全日本のメンバーで、ニュージーランド遠征にも参加していた。
あるIT関係の会社で働いており、自宅にADSLを付けてもらったりしていた。そのころから歯が痛いとのことで治療もしていた。
そうしたところ、会社でトラブルがありこのUはこの会社を辞めた。
ある日、治療に来たので、
「おいU。会社の保険はなくなったやろ?お父さんの保険にでも入ったんか?」
「そうなんです。保険証とりあげられたんです。ひどいわ。」
「アホ。辞めたら保険証は返すもんや。」
「エッ。そうなんですか?」
「そやから、違う保険に入らなあかんやろ。自分で、国民健康保険にはいるか、お父さんの保険に入れてもらうか。」
「ああ。この前入りました。」
「国民健康保険か?」
「いいえ。アリコ。」
「ん?」
「アリコに入りました。」
「・・・・」
「プーッ」(後ろでスタッフが吹きだした。)
「まあええわ。これ以上ゆうてもわからんやろから、一回お父さんに相談してみ。今日の治療費はそれから清算するわ。」
それから音沙汰なし。
このUの同級生にTがいる。
「Uどないしとるんや?これこれこんなことがあってな。あいつ治療費踏み倒したままや。」
「ああ、Uやったら韓国いったまま、音信不通らしいですよ。」
「えー。しゃあないやっちゃな。」
「先生。アメリカンファミリーって、日本でもつかえますかねー。」
やはり、高校は勉強するところのはずなんだが・・・
スクールウォーズのモデルになった学校である。
私も高校時代ラグビーをやっていたので、あることがきっかけでこの関係者の人々と知り合いになり、飲みにも行っていた。
この高校の卒業生Uが主人公。この当時19歳ぐらいだったと思う。補欠ではあるが全日本のメンバーで、ニュージーランド遠征にも参加していた。
あるIT関係の会社で働いており、自宅にADSLを付けてもらったりしていた。そのころから歯が痛いとのことで治療もしていた。
そうしたところ、会社でトラブルがありこのUはこの会社を辞めた。
ある日、治療に来たので、
「おいU。会社の保険はなくなったやろ?お父さんの保険にでも入ったんか?」
「そうなんです。保険証とりあげられたんです。ひどいわ。」
「アホ。辞めたら保険証は返すもんや。」
「エッ。そうなんですか?」
「そやから、違う保険に入らなあかんやろ。自分で、国民健康保険にはいるか、お父さんの保険に入れてもらうか。」
「ああ。この前入りました。」
「国民健康保険か?」
「いいえ。アリコ。」
「ん?」
「アリコに入りました。」
「・・・・」
「プーッ」(後ろでスタッフが吹きだした。)
「まあええわ。これ以上ゆうてもわからんやろから、一回お父さんに相談してみ。今日の治療費はそれから清算するわ。」
それから音沙汰なし。
このUの同級生にTがいる。
「Uどないしとるんや?これこれこんなことがあってな。あいつ治療費踏み倒したままや。」
「ああ、Uやったら韓国いったまま、音信不通らしいですよ。」
「えー。しゃあないやっちゃな。」
「先生。アメリカンファミリーって、日本でもつかえますかねー。」
やはり、高校は勉強するところのはずなんだが・・・
2004年12月11日
きよっさん
昨日、近所の居酒屋で飲んでいた。
そこで小耳に挟んだ会話。
「どちらからおみえです?」
「箕面です。」
「ああ。あのS(暴行事件起こした人)の住んでる?」
「いや、Sは能勢。」
「あっそうか。きよっさんか。」
「そうそう。」
「すごい家?」
「豪邸豪邸。その近所です。」
「きよっさんとこどうです?」
「行儀悪い。悪い。
ゴミなんか、収集日関係なしで、勝手に出してほったらかしですよ。
飼ってるレトリバー、テレビじゃきよっさんが毎朝散歩してることになってますけど。私そんなん見たことありません。散歩も連れてってもらえへんし、世話もしてもらえへんので、もう毛玉だらけ。」
「へー。そうなんですか。奥さんは?」
「ああHさん。店にきたら他の人が待ってても『ちょっと。どいて!』って平気で押しのけて入ってきますよ。」
「娘さんがいましたよね。」
「K子さんね。ベンツのGやったかな。あの背の高いやつ。キーつけたままいつも路上駐車。運送会社のトラックが通れないんで、クラクションならしたら、家の中から『キーついてるやろ!あんたら勝手に動かして通りいや!』って怒鳴ってますわ。
一回家の前通ってたら、犬が鳴いてたんです。そしたらK子さんが鉄の門『バーン』と思いっきり蹴飛ばして、『ヤカマシワー!』
もうびっくりしますよ。」
あのS。
あんな暴行は日常茶飯事にやってたんだろうし、「涙の記者会見」あれも上手に芝居していたに違いない。
それが芸能界。
そこで小耳に挟んだ会話。
「どちらからおみえです?」
「箕面です。」
「ああ。あのS(暴行事件起こした人)の住んでる?」
「いや、Sは能勢。」
「あっそうか。きよっさんか。」
「そうそう。」
「すごい家?」
「豪邸豪邸。その近所です。」
「きよっさんとこどうです?」
「行儀悪い。悪い。
ゴミなんか、収集日関係なしで、勝手に出してほったらかしですよ。
飼ってるレトリバー、テレビじゃきよっさんが毎朝散歩してることになってますけど。私そんなん見たことありません。散歩も連れてってもらえへんし、世話もしてもらえへんので、もう毛玉だらけ。」
「へー。そうなんですか。奥さんは?」
「ああHさん。店にきたら他の人が待ってても『ちょっと。どいて!』って平気で押しのけて入ってきますよ。」
「娘さんがいましたよね。」
「K子さんね。ベンツのGやったかな。あの背の高いやつ。キーつけたままいつも路上駐車。運送会社のトラックが通れないんで、クラクションならしたら、家の中から『キーついてるやろ!あんたら勝手に動かして通りいや!』って怒鳴ってますわ。
一回家の前通ってたら、犬が鳴いてたんです。そしたらK子さんが鉄の門『バーン』と思いっきり蹴飛ばして、『ヤカマシワー!』
もうびっくりしますよ。」
あのS。
あんな暴行は日常茶飯事にやってたんだろうし、「涙の記者会見」あれも上手に芝居していたに違いない。
それが芸能界。
2004年12月05日
「お医者様がおられましたら」事件
そろそろ年末である。
昨年の年末は家族で、ペナン島、クアラルンプールに行った。
帰りが、1月1日の午前1時発の飛行機だったので、安かったのだ。
クアラルンプールの空港から、マレーシア航空のジャンボ機に乗った。
ちょうど機体の真ん中あたり、通路に挟まれた中心の座席。4列ほど前がトイレだった。
離陸してまもなく飲み物がサーブされたあたりで、通路を挟んで斜め前の家族連れの中年女性が、スチュワーデスに機内販売を申し込み始めた。
今時、機内販売など利用する人はないので、スチュワーデスも要領がわからずおろおろしていた。
まだ、コップの回収などの最中だったので、もう少し後で・・・ということになったらしい。
私はワインをいただいて、ウトウトとしていた。
ひそひそと話し声で目が覚めたので、時計を見ると午前2時を回っていた。
横を見ると私のすぐ横の通路に、アルミ製の大きなワゴンが止まっており、例の中年女性が機内販売でスカーフを買っている様子が見えた。
「あー。迷惑」
と思ってみていたら、すぐ前のトイレから日本人の25歳ぐらいの女性が出てきた。
と思ったら、そこでバッタリと倒れたのである。
機内販売中のスチュワーデスがその音に驚いて振り向き、それを見つけ、
「オー!ノー!」と駆け寄る。
その女性の席はトイレのすぐ前で、同じグループであろう男性が飛び出してきて、2人で席に運んだ。
「大丈夫かなー?」と思っていたら、例の機内放送である。
「アテンションプリーズ、アテンションプリーズ!ドクターが乗っておられましたら、すぐにアテンダントまでお知らせ下さい。」(もちろん英語で)
こういう場合歯科医の立場は微妙である。
すぐに行っていいものかどうか?
誰か出て行くかとキョロキョロ見渡してみたが、誰も立ち上がる気配がない。
しかたがないので、行こうとしたものの、横の通路にワゴンが止まっている。動かそうにもストッパーがかかっているので動かない。
ワゴンの上に乗り、飛び降り、スチュワーデスに、
「私は歯科医です。」と言った。
よほどの緊急事態とみえ、顔面蒼白のスチュワーデスは
「オー デンティスト」といいながら私を病人の座席にひっぱって行く。
この際、歯医者でも、獣医でも何でもいいわということなのだろう。
その席にいくと女性が目をつぶったまま、ぐったりと席に座っている。
前の席からは先ほどの男性が心配そうに見ている。
「ご家族ですか?」
「いいえ。グループです。」
「この方は何か病気を持っていますか?」
「いいえ。ないと思います。」
脈を取ると・・・エッ!触れない。
胸に耳を当ててみると・・・ウソッ!心臓の拍動が聞こえない。
鼻の下に指を当ててみると・・・ヤッパリ!呼吸も止まっている。
これはまず人工呼吸、心臓マッサージ・・・そして「アンビリーバボー」のように地上と交信しながら何か緊急手術でもせんとあかんかもわからん。
そんな細かいことまで英語できへんぞ。
こんなことが走馬灯のように脳内をよぎる。
「この人の名前は?」
「チョウダといいます。」
「チョウダさん!チョウダさん!」
耳元で大きく叫びながら、体をゆすった・・・その時である。チョウダさんは、
「フーッ」
と大きく息をして、ゆっくりと目を開けたのである。
もちろんゆっくりだが脈も触れ、正常に戻りつつあった。
「しんどかったの?」
「うん。」
「大丈夫?」
「大丈夫です。」
振り向いてスチュワーデスに、
「イッツオーケー」
多分、強行軍か遊びすぎによる疲労でショックを起こしたと考えられる。
席に戻っても足ガクガク。
白ワインを3杯ほど飲んでももう眠れない。
ずっと本を読んでいたら、朝の5時ごろ横の妻が目を覚まし、
「寝ーへんかったん?」
「実は、カクカクシカジカ・・・」
「ほんまー?」(半信半疑)
7時に関空到着。
飛行機から降りる時に、ひょっとしたら機長が挨拶にくるかな?なんか飛行機の模型か記念品もらえるかも?
少なくとも「先ほどはありがとう。」ぐらいは言われるやろうと思っていたら・・・
なーんもナシ
ゲートをくぐったところで、妻に言われた。
「なんも言われへんかったけど、ほんまなん?」
荷物を取るとき、家族を広いところで待たせ、ベルトコンベアーの前で私は一人で待っていた。
そこに、チョウダさんが来て、
「先ほどは本当にありがとうございました。」
と言ってくれたのだが、悔しいかな、家族が見ていない!残念!
このためいまだに、このアテンションプリーズ事件は幻なのだ。
マレーシア航空の関係者の方、このブログをみていたら、こういう場合は父親の名誉のためにも「サンキュー」ぐらいは言ってあげるようにしましょう!
昨年の年末は家族で、ペナン島、クアラルンプールに行った。
帰りが、1月1日の午前1時発の飛行機だったので、安かったのだ。
クアラルンプールの空港から、マレーシア航空のジャンボ機に乗った。
ちょうど機体の真ん中あたり、通路に挟まれた中心の座席。4列ほど前がトイレだった。
離陸してまもなく飲み物がサーブされたあたりで、通路を挟んで斜め前の家族連れの中年女性が、スチュワーデスに機内販売を申し込み始めた。
今時、機内販売など利用する人はないので、スチュワーデスも要領がわからずおろおろしていた。
まだ、コップの回収などの最中だったので、もう少し後で・・・ということになったらしい。
私はワインをいただいて、ウトウトとしていた。
ひそひそと話し声で目が覚めたので、時計を見ると午前2時を回っていた。
横を見ると私のすぐ横の通路に、アルミ製の大きなワゴンが止まっており、例の中年女性が機内販売でスカーフを買っている様子が見えた。
「あー。迷惑」
と思ってみていたら、すぐ前のトイレから日本人の25歳ぐらいの女性が出てきた。
と思ったら、そこでバッタリと倒れたのである。
機内販売中のスチュワーデスがその音に驚いて振り向き、それを見つけ、
「オー!ノー!」と駆け寄る。
その女性の席はトイレのすぐ前で、同じグループであろう男性が飛び出してきて、2人で席に運んだ。
「大丈夫かなー?」と思っていたら、例の機内放送である。
「アテンションプリーズ、アテンションプリーズ!ドクターが乗っておられましたら、すぐにアテンダントまでお知らせ下さい。」(もちろん英語で)
こういう場合歯科医の立場は微妙である。
すぐに行っていいものかどうか?
誰か出て行くかとキョロキョロ見渡してみたが、誰も立ち上がる気配がない。
しかたがないので、行こうとしたものの、横の通路にワゴンが止まっている。動かそうにもストッパーがかかっているので動かない。
ワゴンの上に乗り、飛び降り、スチュワーデスに、
「私は歯科医です。」と言った。
よほどの緊急事態とみえ、顔面蒼白のスチュワーデスは
「オー デンティスト」といいながら私を病人の座席にひっぱって行く。
この際、歯医者でも、獣医でも何でもいいわということなのだろう。
その席にいくと女性が目をつぶったまま、ぐったりと席に座っている。
前の席からは先ほどの男性が心配そうに見ている。
「ご家族ですか?」
「いいえ。グループです。」
「この方は何か病気を持っていますか?」
「いいえ。ないと思います。」
脈を取ると・・・エッ!触れない。
胸に耳を当ててみると・・・ウソッ!心臓の拍動が聞こえない。
鼻の下に指を当ててみると・・・ヤッパリ!呼吸も止まっている。
これはまず人工呼吸、心臓マッサージ・・・そして「アンビリーバボー」のように地上と交信しながら何か緊急手術でもせんとあかんかもわからん。
そんな細かいことまで英語できへんぞ。
こんなことが走馬灯のように脳内をよぎる。
「この人の名前は?」
「チョウダといいます。」
「チョウダさん!チョウダさん!」
耳元で大きく叫びながら、体をゆすった・・・その時である。チョウダさんは、
「フーッ」
と大きく息をして、ゆっくりと目を開けたのである。
もちろんゆっくりだが脈も触れ、正常に戻りつつあった。
「しんどかったの?」
「うん。」
「大丈夫?」
「大丈夫です。」
振り向いてスチュワーデスに、
「イッツオーケー」
多分、強行軍か遊びすぎによる疲労でショックを起こしたと考えられる。
席に戻っても足ガクガク。
白ワインを3杯ほど飲んでももう眠れない。
ずっと本を読んでいたら、朝の5時ごろ横の妻が目を覚まし、
「寝ーへんかったん?」
「実は、カクカクシカジカ・・・」
「ほんまー?」(半信半疑)
7時に関空到着。
飛行機から降りる時に、ひょっとしたら機長が挨拶にくるかな?なんか飛行機の模型か記念品もらえるかも?
少なくとも「先ほどはありがとう。」ぐらいは言われるやろうと思っていたら・・・
なーんもナシ
ゲートをくぐったところで、妻に言われた。
「なんも言われへんかったけど、ほんまなん?」
荷物を取るとき、家族を広いところで待たせ、ベルトコンベアーの前で私は一人で待っていた。
そこに、チョウダさんが来て、
「先ほどは本当にありがとうございました。」
と言ってくれたのだが、悔しいかな、家族が見ていない!残念!
このためいまだに、このアテンションプリーズ事件は幻なのだ。
マレーシア航空の関係者の方、このブログをみていたら、こういう場合は父親の名誉のためにも「サンキュー」ぐらいは言ってあげるようにしましょう!
2004年11月09日
2004年10月31日
「サンフランシスコ」事件
これは私が体験した実話である。

もう10年近く前の話である。
総勢20名ぐらいの歯科医の団体で、マイアミの学校に1週間ほど勉強に行った。
講義は日曜日の午前中で終わったのだが、その日に日本に帰る飛行機が取れなかったので、サンフランシスコで一泊することになっていた。
空港からホテルまでは、日本人のガイドさんがバスで送ってくれた。
ツインの部屋ばかりで、人数が奇数だったので、くじを引いて一人で部屋を独占できる人を選んだ。そのラッキーな歯科医は私だった。
他の先生たちは、団体で買い物に行くとのことだったが、私は一人で路面電車に乗って、チャイナタウンで食事をし、買い物をし、サンフランシスコの夜を楽しんだ。

11時ぐらいにホテルに帰ると、その先生たちが廊下でひそひそやっているではないか。
「なんかあったんですか?」
「あっ。先生。じつは・・・」
私たちの団体の中に、とんでもない先生(Dr.Xとする)がいて、全員から総スカンを食っていた。
Dr.Xはホテルに到着そうそう、ガイドさんにアメリカンレディーのオーダーをしたらしい。
当然、そのDr.Xは外出せず部屋に入ったきり出てこない。
「というわけで、丸岡先生。今もノックしてるんですけど返事がないんです。」
「相部屋はどなたです?」
「O先生です。」
「じゃあO先生。しばらく私の部屋でいます?後からもう一回見にこられたらどうです?なんやったら、私の部屋で寝てもいいですよ。」
「そうさせてもらえますか?」

となって、その翌朝。
迎えが来るまで私たちはロビーで、
「楽しかったですけど、明日から診療ですね。がんばりましょ。」
などと思い出話などをしていると、Dr.Xが青い顔をしてフロントの前をうろうろしている。
しかし、だれも声はかけない。
「何やってるんでしょうね。」
「さぁ。」
そうこうしているうちに昨日のガイドさん到着。
Dr.Xと何か話しをしているなと思っていたら、私たちに「しばらくお待ち下さい。」と言い残し、2人であわただしい動き。
「何かあったんでしょうか?」
「どうでしょうね。」
あとでO先生が教えてくれた。ガイドさんから聞きだしたらしい。
「丸岡先生。Dr.X、クレジットカード全部なくしたらしいですよ。」
「えー、また何でですか?」
「本人は、朝、公園を散歩していて、その時に落としたと言ってるらしいですけど・・・クスクスクス。」
「えー。そんな朝から散歩するようなタマ違うでしょ。」
もちろん真相は、昨夜のアメリカンレディーが、Dr.Xの隙を盗んでテイクアウトをなさったのだ。
昨今の日本人の外国でのあの無防備さを見ると、まさしく平和ボケとしか思えない。

もう10年近く前の話である。
総勢20名ぐらいの歯科医の団体で、マイアミの学校に1週間ほど勉強に行った。
講義は日曜日の午前中で終わったのだが、その日に日本に帰る飛行機が取れなかったので、サンフランシスコで一泊することになっていた。
空港からホテルまでは、日本人のガイドさんがバスで送ってくれた。
ツインの部屋ばかりで、人数が奇数だったので、くじを引いて一人で部屋を独占できる人を選んだ。そのラッキーな歯科医は私だった。
他の先生たちは、団体で買い物に行くとのことだったが、私は一人で路面電車に乗って、チャイナタウンで食事をし、買い物をし、サンフランシスコの夜を楽しんだ。

11時ぐらいにホテルに帰ると、その先生たちが廊下でひそひそやっているではないか。
「なんかあったんですか?」
「あっ。先生。じつは・・・」
私たちの団体の中に、とんでもない先生(Dr.Xとする)がいて、全員から総スカンを食っていた。
Dr.Xはホテルに到着そうそう、ガイドさんにアメリカンレディーのオーダーをしたらしい。
当然、そのDr.Xは外出せず部屋に入ったきり出てこない。
「というわけで、丸岡先生。今もノックしてるんですけど返事がないんです。」
「相部屋はどなたです?」
「O先生です。」
「じゃあO先生。しばらく私の部屋でいます?後からもう一回見にこられたらどうです?なんやったら、私の部屋で寝てもいいですよ。」
「そうさせてもらえますか?」

となって、その翌朝。
迎えが来るまで私たちはロビーで、
「楽しかったですけど、明日から診療ですね。がんばりましょ。」
などと思い出話などをしていると、Dr.Xが青い顔をしてフロントの前をうろうろしている。
しかし、だれも声はかけない。
「何やってるんでしょうね。」
「さぁ。」
そうこうしているうちに昨日のガイドさん到着。
Dr.Xと何か話しをしているなと思っていたら、私たちに「しばらくお待ち下さい。」と言い残し、2人であわただしい動き。
「何かあったんでしょうか?」
「どうでしょうね。」
あとでO先生が教えてくれた。ガイドさんから聞きだしたらしい。
「丸岡先生。Dr.X、クレジットカード全部なくしたらしいですよ。」
「えー、また何でですか?」
「本人は、朝、公園を散歩していて、その時に落としたと言ってるらしいですけど・・・クスクスクス。」
「えー。そんな朝から散歩するようなタマ違うでしょ。」
もちろん真相は、昨夜のアメリカンレディーが、Dr.Xの隙を盗んでテイクアウトをなさったのだ。
昨今の日本人の外国でのあの無防備さを見ると、まさしく平和ボケとしか思えない。
2004年10月30日
[ 「カリスマ整体師」事件
知り合いの女性の実話である。

この女性のご主人が体調を崩し、紹介された整体師のところへ言った。
ある意味、この整体師はカリスマ整体師であった。
ご主人を診察したあと、この整体師は「あなたは末期のすい臓ガンで、余命は3ヶ月です。」と言った。
驚いたご主人は家に帰った。
そして、奥さんに、
「オレは3ヶ月で死ぬ。
お前に隠していたことがある。
オレには愛人がいて、子供もいる。
すまん。」
奥さんは驚愕した。
そして、急いで内科で診察を受けさせた。
結果は「シロ」。全くの健康体だった。
整体師の言ったことは全くのでたらめだったのだ。
このドクターはその整体師を告訴するように勧めた。
それほど、デタラメだったのだ。
一安心?
そうはいかない。
いまさら「隠し子のことはウソだった」と言っても、「覆水盆に帰らず」。
今や、家庭内別居である。
会うたびに、「先生。あいつ、はよ死なんかなと思うけど、まだ死なんのよ。」と言われる。
そら健康なんですから、そんなにはよ死なんでしょう。

この女性のご主人が体調を崩し、紹介された整体師のところへ言った。
ある意味、この整体師はカリスマ整体師であった。
ご主人を診察したあと、この整体師は「あなたは末期のすい臓ガンで、余命は3ヶ月です。」と言った。
驚いたご主人は家に帰った。
そして、奥さんに、
「オレは3ヶ月で死ぬ。
お前に隠していたことがある。
オレには愛人がいて、子供もいる。
すまん。」
奥さんは驚愕した。
そして、急いで内科で診察を受けさせた。
結果は「シロ」。全くの健康体だった。
整体師の言ったことは全くのでたらめだったのだ。
このドクターはその整体師を告訴するように勧めた。
それほど、デタラメだったのだ。
一安心?
そうはいかない。
いまさら「隠し子のことはウソだった」と言っても、「覆水盆に帰らず」。
今や、家庭内別居である。
会うたびに、「先生。あいつ、はよ死なんかなと思うけど、まだ死なんのよ。」と言われる。
そら健康なんですから、そんなにはよ死なんでしょう。
2004年10月23日
「おりんご」事件
これも実話である。

ある方が亡くなった。その枕経のときにそれは起こった。
お坊さんが到着され、ご挨拶もすみ、さて、お経を上げる段となった。
あの「チーン」を「おりん」というらしい。(私も知らなかった)
その「おりん」は枕もとになく、まだお仏壇に残っていた。
お坊さんは「おりんを。」と言われた。
故人の奥さんは何のことかわからず、一瞬躊躇された。
そこでお坊さんは、
「おりんを。おりんをここへ。」
と再び言われた。
奥さんは部屋を見渡した。
そうしたら、後ろのテーブルにフルーツバスケットがあった。
そしてやおら立ち上がり、りんごを3個お皿に取り、
「はい。はい。おりんご。おりんご。」
と言いながら、お坊さんに差し出したのである。
今まで、ハンカチで目頭を押さえていた御家族もたまらず、「クッ、クッ、クッ」と背中を揺らしていた。
しかし、お坊さんはさすがである。「えへん」と咳払いをし、「鈴をこちらへ。」と言いなおし、何事もなかったかのようにお経を上げ始めた。
これはやはり修行の賜物なのだろうか?

ある方が亡くなった。その枕経のときにそれは起こった。
お坊さんが到着され、ご挨拶もすみ、さて、お経を上げる段となった。
あの「チーン」を「おりん」というらしい。(私も知らなかった)
その「おりん」は枕もとになく、まだお仏壇に残っていた。
お坊さんは「おりんを。」と言われた。
故人の奥さんは何のことかわからず、一瞬躊躇された。
そこでお坊さんは、
「おりんを。おりんをここへ。」
と再び言われた。
奥さんは部屋を見渡した。
そうしたら、後ろのテーブルにフルーツバスケットがあった。
そしてやおら立ち上がり、りんごを3個お皿に取り、
「はい。はい。おりんご。おりんご。」
と言いながら、お坊さんに差し出したのである。
今まで、ハンカチで目頭を押さえていた御家族もたまらず、「クッ、クッ、クッ」と背中を揺らしていた。
しかし、お坊さんはさすがである。「えへん」と咳払いをし、「鈴をこちらへ。」と言いなおし、何事もなかったかのようにお経を上げ始めた。
これはやはり修行の賜物なのだろうか?
「うめて」事件
これは実話である。

このblogの他の記事にも出演しているある方と、京都のこの(超)有名店に行った。
ここのご主人は、NHKの料理番組やグルメ特集には必ずといっていいほど出演している有名人である。
そして、私の友人のご子息と同級生だったらしい。
「ようこの子(店主)、うちに遊びに来てたんや。」
さすがに、出てくる料理は全て素晴らしいものだった。
懐石料理だが、けちけちしておらず私は大変満足していた。
最後の穴子飯は、本当に美味しく、もうお腹パンパンという状態だった。
その時、隣の友人から大きな声が・・・
「○○君(店主のお名前)、このお吸いもんからい。飲めんわ。うめて。」
一瞬、満席の店内は凍りついた。そして全員から刺すような視線が・・・
私は顔を上げることが出来なかった。
しかし、この、○○君はさすがだった。
部下に命じてこのお吸い物を下げさせ、すぐに味を調えさせ、和やかに対応を続けられたのだ。
そして、たっぷりと量があり、食べ切れなかった穴子飯を折に入れ、お土産にしてくれた。
その当時、私の家では、オランダ人の留学生(デイビット)を預かっていた。
もって帰った穴子飯をデイビットはぺろりと食べ、「こんな美味しいライスは初めて食べた」と言った。
この秋の季節になると、私はあの穴子飯と松茸のお吸い物の味とともに、この事件をいつも思い出す。
怖いもの知らずは若者だけではない。

このblogの他の記事にも出演しているある方と、京都のこの(超)有名店に行った。
ここのご主人は、NHKの料理番組やグルメ特集には必ずといっていいほど出演している有名人である。
そして、私の友人のご子息と同級生だったらしい。
「ようこの子(店主)、うちに遊びに来てたんや。」
さすがに、出てくる料理は全て素晴らしいものだった。
懐石料理だが、けちけちしておらず私は大変満足していた。
最後の穴子飯は、本当に美味しく、もうお腹パンパンという状態だった。
その時、隣の友人から大きな声が・・・
「○○君(店主のお名前)、このお吸いもんからい。飲めんわ。うめて。」
一瞬、満席の店内は凍りついた。そして全員から刺すような視線が・・・
私は顔を上げることが出来なかった。
しかし、この、○○君はさすがだった。
部下に命じてこのお吸い物を下げさせ、すぐに味を調えさせ、和やかに対応を続けられたのだ。
そして、たっぷりと量があり、食べ切れなかった穴子飯を折に入れ、お土産にしてくれた。
その当時、私の家では、オランダ人の留学生(デイビット)を預かっていた。
もって帰った穴子飯をデイビットはぺろりと食べ、「こんな美味しいライスは初めて食べた」と言った。
この秋の季節になると、私はあの穴子飯と松茸のお吸い物の味とともに、この事件をいつも思い出す。
怖いもの知らずは若者だけではない。


忘れられた