図書館で「世界の不思議」だったか、なにかそのような本を読んでいて知った。
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先代のダライ・ラマが没した後、僧たちによって、次のダライ・ラマが生まれる地方やいくつかの特徴が予言される。
その場所に行き子供を探し、誕生時の特徴や幼少時のくせなどを元に、その予言に合致する子供を候補者として選ぶ。
その上でその候補者が本当の化身かどうかを前世の記憶を試して調査する。
例えば、先代ゆかりの品物とそうでない品物を同時に見せて、ダライ・ラマの持ち物に愛着を示しそれを手に取った時、またその持ち物で先代が行っていた事と同様のくせを行ったりしたとき、その子供はダライ・ラマの生まれ変わりと認定される。
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この光景は映画「クンドゥン」で、美しく描かれている。
「クンドゥン」とは「(法王)猊下」(ゲイカ)という意味。
小学生の時だったので、簡単に信じた。(これは私の悪い癖)
それから私のチベット、ラマ僧に関するイメージは限りなく神聖なものである。
いつかチベットに行き、ヤクに乗り、ポタラ宮を訪れるのが夢になった。
しかし、5年ほど前に、この本を読んだ。
エリオット・パティスンの「頭蓋骨のマントラ」
まあ、ミステリーなので、全て事実とは言えないだろうが、現在のチベット・・・・・今のチベットで中国が何をしているのか?を知って、愕然とした。
ストーリーは、中国経済部の主任監察官だった単道雲が、大物が絡んだ汚職事件を追及したことから北京を追われ、今はチベットの奥地、ラドゥン州の強制労働収容所で苛酷な日々を送っているところから始まる。
ある日、作業現場で男の首なし死体が発見された。折悪しく州の検察官は不在、しかも司法部の監査が入る予定になっていた。困惑した州の軍最高責任者は単に事件の解決を命じるが…
主人公の単の収容所には、たくさんのラマ僧が収容されていた。
中国は、宗教(チベット仏教-以前はラマ教と言った)を捨てないラマ僧を収容所に送りこみ、チベットの文化、宗教とともに抹殺しようとしている。
ラマ僧はチベットの精神の象徴と言ってもよい。
単は、過酷な収容所での日々をラマ僧達の支えで生き抜き、その宗教感、精神世界に傾倒し、深い尊敬の念を抱く。
小説とはいえ、中国人が収容所で行っている非道な行為は、当たらずとも遠からずなのだろう。
悪名の高かった旧ソ連のラーゲリより、人間性の否定という面では数段ひどい。
ダライ・ラマに対し、時々パンチェン・ラマという名前が出てくるが、これは・・・・・・
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パンチェン・ラマとは、チベットにおいてダライ・ラマに匹敵する重要な存在の高僧です。
ダライ・ラマは観音菩薩の化身ですが、パンチェン・ラマは阿弥陀如来の化身とされています。輪廻転生が信じられているチベットでは、パンチェン・ラマもダライ・ラマと同様、先代が亡くなると、占いに基づく調査によって発見された転生者が次のパンチェン・ラマとして認定されるのがしきたりでした。
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しかしだ、
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ラダックのメインバザールの目抜き通りには、亡命チベット人が経営するチベタン食堂がたくさんあります。
その店内に入ると、たいてい、この少年の写真を使ったポスターが貼られていることを覚えている人は多いのではないでしょうか。
「あの写真の男の子は誰なの? "返せ!"って書いてあるけど‥‥」
彼の名は、ゲンドゥン・チューキ・ニマ。1989年4月25日、チベットのナクチュ・ラリという地方に生まれました。
お父さんはクンチョク・プンツォク、お母さんはデチェン・チュードゥンという名前だそうです。
1995年5月14日、6歳の時、ニマ少年は人生の大きな転機を迎えました。当時インドのダラムサラに亡命していたダライ・ラマ14世が、彼をパンチェン・ラマ11世と認定したからです。
パンチェン・ラマとは、チベットにおいてダライ・ラマに匹敵する重要な存在の高僧です。
ダライ・ラマは観音菩薩の化身ですが、パンチェン・ラマは阿弥陀如来の化身とされています。
輪廻転生が信じられているチベットでは、パンチェン・ラマもダライ・ラマと同様、先代が亡くなると、占いに基づく調査によって発見された転生者が次のパンチェン・ラマとして認定されるのがしきたりでした。
そこで選ばれたのが、ニマ少年だったのです。
ところが、その3日後、ニマ少年とその両親は忽然と姿を消しました。
ダライ・ラマ14世によって認定されたニマ少年=パンチェン・ラマ11世の存在が邪魔だった中国当局が、彼らを拉致してしまったのです。
その一方で中国当局は、ギェンツェン・ノルブという6歳の少年が本当のパンチェン・ラマ11世であると一方的に発表。
以来、ノルブ少年は中国当局の傀儡として、パンチェン・ラマとしての役割をあてがわれています。
中国当局がニマ少年の拘留を認めたのは、翌1996年のことでした。
その理由は「ニマ少年はチベットの民族主義者によって誘拐される可能性があるから保護している」というものでした‥‥。以来、ニマ少年の消息はまったくつかめていません。
その存在が邪魔であれば、6歳の少年でも拉致してしまう。今年、北京オリンピックを開催する中国というのは、残念ながらそういう国なのです。
3月14日、チベットの首都ラサでは、政治犯として拘留されている僧侶の解放を求めた僧侶たちによるデモが武装警察によって鎮圧されたことをきっかけに、大規模な暴動が起き、多くの死傷者が出ました。
国を奪われ、100万人以上の同胞が殺され、それから50年近くも占領され続けているということ。
ダライ・ラマの写真を持っているだけで逮捕されてしまう社会で生きていかなければならないチベットの人々の悲痛な思いは、察するに余りあります。
ラダック滞在日記より
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いったい中国は・・・・・・・
続く


