日露戦争について調べているうちに、ここに来た。
高校生のときに一度読んだが、そのときはあまり面白いとは思わなかった。
再挑戦である。
これは、明治32年に英文で書かれ、アメリカで出版された。この本により、時のルーズベルト大統領も「BUSHIDO」と言う言葉を知っており、この精神に感動していた。そのためポーツマス講和条約で日本よりの仲介(表面的には)をしたとも言われている。
内容に関しては、武士道を知らない外国人に対しかかれたものであるので、そう目新しいものはないが、肝心なところだけ二、三揚げておく。
武士道の支柱「義」とは『勇猛果敢なフェアー・プレーの精神』
これを忘れてはいないだろうか?
サッカーの国際試合で、ゴールされそうになったらファウルをする。それを解説者は「イヤー。あれは仕方がないですよ。」という。
日本代表のシンボルは八咫烏。八咫烏は熊野の神々のお使い。神様に恥ずかしくないのか?
卑近な例で申し訳ないが、最近はあまりに、身びいき、言い訳、嘘、ごまかしが当たり前になっている。
正々堂々とやって、負けたのならしかたがないではないか。
自分の能力以上のことは誰だってできないのだから、「できません。」「失敗しました。」まずそれをはっきり認めることがフェア・プレーだし、したくない事は、「嫌だ。」とはっきり言うことが男らしさでしょう。
それができて初めて、ステップアップが出来るのだと思う。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」
これは葉隠だが、確かに「義」のために死ぬのが武士だ。
しかし、最近は何のためだかわからず死ぬ奴がいる。それも一人で死ぬのが怖いから、インターネットで仲間を集めて、楽に練炭で死ぬ?
「真の名誉とは、天の命じることをやり遂げるところにあり、それを遂行するために招いた死は決して不名誉なことではない。だが天が与えようとしているものを避けるための死は、まさに卑怯である。」
「死を軽蔑するのは勇敢な行為である。だが生きることが死ぬことよりつらい場合、まことの勇気はあえて生きることである。」(サー・トーマス・ブラウン)
大和撫子
四条にルイ・ヴィトンができた。日曜日に中をのぞいたら、若いカップルでいっぱいだった。
真の大和撫子なら「私にはこんな贅沢なものは似合いませんので、いりません。そのお金であなたの必要な本かコンピューターを買ってください。」と言うのだろうが、もうこの純血種は絶滅したのだろう。
この本やコンピューターが、武士の名刀か名馬になるし、この投資が出来るかどうかがその男の将来を決める。女性の将来はその男で決まるのだが・・・
まあ、自分で自分の首を絞めているのだから勝手ではありますが。
現代語辞典で、「やさしさ」という言葉を調べると、「大事なところで怒らず、ブランド品を買ってくれること」となっている。(ウソです)
「アメリカ人の夫は、人前では妻にキスをするが私室では打つ。しかし日本人の夫は、人前で妻を打って、私室ではキスをする。」
武士道はなお生き続けるか?
ここは、引用だけにしておきます。
「人は世界を異教教徒とキリスト教徒とに分けた。だが、前者にどれほどの善が秘められているのか、後者にどれほどの悪が混在しているのかを考えてこなかった。自分の最良の面と隣人の最悪の面とを比べ、キリスト教の理想と、ギリシャや東洋の腐敗とを比べてきた。公平さを目指さず、自分の宗教のみを誉め、他の様式を持つ宗教について悪口を言い、それで満足してきたのである。」(ジャエウッド)
「武士道はこのまま廃れるのか。その予兆となる芳しくない兆候が大気中に漂い始めている。いや、兆候のみならず、侮りがたい勢力がすでに武士道を脅かしているのである。」
評価★★★☆☆
2004年12月21日
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