2004年12月04日

子供に殴られる親

私は大学時代、日本拳法部に所属していた。
4年生の時には主将だった・・・と言っても、4年生の部員は2人だったので大したことではないが。
その理由(2人の)は、この武道はあまりにも激しすぎるのである。

まず、裾、袖の長い柔道着のようなものを着る。金的の部分にガードをつける。腹には薄いマットを巻いて、その上に剣道の胴をつけ、剣道の面の垂れのないもの、それも2倍ほど頑丈な面を、頭にタオルを巻いて、顎の下にもう一枚タオルを当て紐でぐるぐる巻きに縛る。
手には、バンテージを巻き、グローブを付ける。
準備完了。
正式な試合はリングで行われる。「カーン」ゴングで試合開始。3分3本勝負。

何でもありである。
面と胴を殴る、蹴る。拳法シューズと言うものを履いてもよい。
投げる・・・投げただけでは一本にはならない。そこで動きを制し、胴か面にきれいに打撃か蹴りを決めなくてはならない。
腕ひしぎ逆十字でも一本(これは実際にきめられると本当に痛い)
胸から上に持ち上げても一本。
もちろん、立っているときの攻撃はフルコンタクト。空撃ではない。
胴を蹴られそうなときは、腕で防御をする。このため1年生の時の腕は赤、青、黄のあざと内出血で信号機のようになる。(不思議なことに1年たつと、いくら蹴られても内出血しなくなる。)
いくら防具を付けているとはいえ、失神することもある。
まあ、10Kgの防具を付けてK-1をやっているようなものである。

単位時間当たりのしんどさは他のスポーツの比ではない。
新入生は入部して、3ヶ月みっちりとランニングなどの基礎トレーニングをして、初めて防具をつけ練習をするが、1週間ほどは3分間立っていることが出来ない。
それほどハードである。
その時、直接の指導は3年生に受けることが多い。
とにかくボコボコにされる。絶対に勝てない。

歯学部は6年制なのだが、運動部の現役は4年生までである。
5年生以上は歯学部同士の試合以外には出場できないからである。
5年生になると練習には行きたいときにいけばよく、OBと呼ばれる。
もちろん、ほとんどは4年間でイヤになっているので、よっぽど変わった先輩以外はほとんど練習には来なくなる。
そこで、私が4年生のとき・・・首周りは42cm、胸囲108cm、ふつうのズボンはそのままでは履けない。太ももで止まってしまう。(スクワット1000回が苦ではなかった。)ウエスト88cmぐらいのズボンのウエストを母親に10cmほどつめてもらっていた。もちろん学生時代にはジーンズは履けなかった。
歯学部なので、授業は5時までビッチリとある。それから練習をして、食事をして帰ると午後9時。そこからレポートを書いて、実習をして、寝るのは午前2〜3時になる。
体力はバリバリである。疲れると言うことは無かった。

話が長くなったが、本題はここから。
主将の私。ひょっこり6年生が道場にやってくる。
「オイ。丸岡。やろか?」
試合である。「はじめ!」

勝てないのだ。絶対に!

引退して2年たっている。大学生なので酒、タバコ、不摂生で体力はかなり落ちている。また、もともとそんなに強い先輩でもないのにである。

なぜか?
私が1年生のとき、この先輩は3年生。
とにかくその当時、手も足も出ずボコボコにされた記憶が無意識によみがえり、体が前に出ない。勝てる気がしないのである。
これは、千代の富士もよくやった。伸び盛りで強敵になりそうな力士と稽古をする機会があったら、とことん苛め抜いた。これは決して愛のムチではない。稽古場で立てなくなるまで投げられたら、本場所の土俵でも勝てなくなるのだ。

そう、言わんとすることは、
子供に殴られたくなかったら、小さいころに殴っておかなければならないということ。

最近、教師が生徒を殴り、鼓膜を破ったりするが、あれは自分が殴られたことも無く、殴ったこともないから、正しい殴り方を知らないのである。
私が両親にひっぱたかれた時のことを思いだすと、手をうまく振り抜いて、見事に頬をクリーンヒットしていたように思う。ここは音がよく出て、傷など作らず、精神的にもこたえる場所だ。
また、ひっぱたかれることがわかっていても、下手によけたりしなかった。
必要な時は、正しい殴り方、殴られ方を教えておくことも重要でしょう。
posted by maruoka-yoshimitsu at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 丸岡私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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